チェンジ
とりあえず、理容師の免許だけは取った物の、練習のカツラを買うだけでお金が無くなってしまう。
そのためにアルバイトをすることにしたが、今は耳かきのアルバイトをしていた。
場所は理容室である。
半分個室みたいになっているスペースで耳かきを行うのだが、私はその担当になった。
元々耳かきは成績が良かったというか、あまり取り柄がない私が誉められたのが耳かきであった。
「最近は、激安の理容店でもカット・シャンプー・シェービング・耳掃除をセットにして売り出してるので、きちんと覚えておくこと、その中で自分のこれは!っていうのを磨いておくなら、さらに良し」
と先生に教わっていた。
「それでは班を組んで、お客さんだと思って交互に耳かきをしてもらおうかな」
耳かきは緊張する。
私が初めて耳かきをしたのは、同級生の男子である。
「それでは失礼します」
「いつもより高い声なのが気持ち悪いな 」
ほおっておけや!
「お客様、それでは耳掃除の方をさせていただきます」
声に殺気がこもる。
カタン
椅子を持ってくる。
一応耳かきはどういうやり方でもいいので、立ってやると私はとても怖かった。
同級生の湯島の髪を耳にかけて。
「おや、お客さん、綺麗にしてますね」
答えない。
「彼女とかいないんで、自分でやってるんですよね、上手ですね」
「ケンカ売ってるのか?」
「最初に気分悪くさせたのは君の方だよ」
「ほら、そこ、お客さんだっていってるじゃないか、後、お客の方も、もうちょっとおとなしく!」
先生から注意が入った。
耳かきをきちんと覚えるなら、何本も耳かきを使ってみて、自分のこれは!を見つけなきゃいけないと思ってる。
「湯島君さ」
「何だよ?」
「この研修が終わっても、耳かきさせてくれる?」
「…」
湯島は答えない。
「まあ、無理ならいいんだけどさ」
固い竹の耳かきが、なぞるように外耳を撫でていくと、パリパリと垢が剥がれていく。
「まだ綺麗だな」
大物狙いでございます。
「…あのさ」
「何?」
「…いや~そのさ」
「何よ、奥の方もやるから、黙っててよ」
指も届かないほどの耳の奥、耳かきの入ってるのはわかるが、どこまで深いか、まだわからない。
カサ!
あまり触れられることがない部分に触れたとき、思わず親指が浮いてしまうのだ。
「上手く取れるかな」
一回で取れなくてもいいが、そう何回もかきだせるものではないのである。耳の中に傷を作るし、垢自体が奥の方にポロリと落ちてしまう時もある。
「取れましたよ」
鼻歌でも出そうな感じで、獲物をティッシュにトントンと落とした。
「奥の方、大分やってなかったみたいだね」
「いや、お前さ、耳かき上手い」
「お世辞でも嬉しいわ」
湯島の事だから、真に受けてはいけない。
「んなことねーよ、お前は耳かき上手えよ、さっきいってただろう?」
「なんだっけ?」
「研修、終わっても、耳かきさせてくれるって聞いただろうが」
「あっ、そうだね、良かったら、俺でも…」
「いや、いい」
「あぁ?」
「(君に頭を下げるのはごめんだから)他の人に頼むわ」
「はい、交代!」
ここで先生が号令をかける。
「よし」
湯島は起き上がり。
「お前の汚い耳を見せろ、欠片も残さず掃除してくれるわ」
「先生!私、こんな人に耳かきされたくありません」
チェンジを申し出ると、それが通った。
「あんな調子で大丈夫かなっては思っていたからな、中儀は宮本先生にやってもらうといい、あの人は上手いぞ」
「は~い」
「湯島か、湯島は、もう少し言葉遣いに気をつけた方がいいぞ」
「…はい」
7月31日 耳かきの研修
感想
宮本先生の耳かきはヘブンでした。