第七話:短剣
何が起こったのか。
ジルフォードはすぐに理解した。
――魔具
シルヴィが付けていたブレスレットの力に寄って、ジルフォードは弾かれてしまった。
いや性格に言うと、ブレスレットの方からシルヴィの元へ戻ったのだ。
「うかつだった!くそ!」
ジルフォードは黒のジャケットを羽織り、シルヴィを追いかけ森を目指して走った。
シルヴィとユベールが持っているブレスレットは魔具だ。
それは、黒妖精が作った強力かつ邪悪な魔力を秘めた道具。
決して低位の黒妖精は作ることのできない。
作ることができるのは、高位の黒妖精。
そんなものを彼らと繋がりのないシルヴィとユベールが持っていた理由は一つ。
ユベールを買ったあのひげ面の男・・・彼が高位の黒妖精が送り込んだ刺客だった。
理由まではわからなかったが、彼がシルヴィとユベールを引き裂いたのはわかった。
――どこのどいつかは知らねえが、決着は付けてやる。
ジルフォードは怒りに燃えていた。
シルヴィは森の奥にある大きな木の前にいた。
辺りをきょろきょろと見回し、兄の姿を探す。
「ユベール!どこにいるの!ユベール!」
必死にユベールに呼びかける。
最愛の兄の内耳に響かせるように、シルヴィは叫んだ。
「・・・・・・シルヴィ。」
ユベールは大きな木の陰から姿を見せた。
ジルフォードに斬られた頬の傷は消えていた。
彼はシルヴィに優しく微笑みかける。
「ユベール!」
シルヴィはユベールに思い切り抱きついた。
ユベールもシルヴィの背中に腕を回す。
優しく強く、ユベールはシルヴィを抱く。
「ユベール、家へ帰りましょう。もうどこにも行かないで。」
シルヴィは涙を流しながら、ユベールの胸の中で訴える。
すると、ユベールはシルヴィの体を離す。
不思議そうに見つめるシルヴィにユベールはキスをした。
「っん・・・!」
シルヴィは拒もうと唇を離そうと力を込めるが、ユベールは力強くキスをしてくる。
――嫌!私たち兄妹なのに!こんなことしたくない!
シルヴィの青い瞳から涙がこぼれる。
今度流す涙は先ほどのものとは意味が違っていた。
「嫌っ!」
シルヴィがユベールを平手で打つ。
ユベールの頬が赤く染まった。
くつくつと喉を鳴らしながら、ユベールは笑い始める。
「くっくっくっ・・・ははははははははははっ!!」
その歪んだ笑顔と笑い声に恐怖を覚えたシルヴィは、そっと後ずさりする。
「逃げるなよ、シルヴィ。」
次の瞬間、シルヴィは強い力で首を掴まれた。
首には桃色のブレスレットだったものが、しゅるしゅる音を立てて巻きつけられる。
「い・・・やっ・・・!!」
呼吸ができなくなる。
桃色のブレスレットだったものは、怪しく光りながらシルヴィの呼吸を妨げていく。
「さあ、俺の言うこと聞いてもらおうか。可愛い我が妹よ。」
ユベールの歪んだ笑顔を最後に、シルヴィの意識は闇へと消え失せた。
ジルフォードは、森の奥にある大きな木の前にたどり着いていた。
辺りは静まり返っていた。
風の音すらジルフォードの内耳には入ってこない。
月の出ていない夜にこの静寂さは、不気味としか言いようがなかった。
リン・・・・・・
リン・・・・・・
ジルフォードは、柄頭に付いている銀の鈴を鳴らした。
この音に反応を示す人物が自ら出て来てくれるのを、待っていた。
ザザッ・・・
背後から聞こえた物音の先に、苦しみ呻く人物が出て来た。
──ユベール。
ジルフォードの思惑通り、ユベールが現れた。
彼の左手首には、薄いブルーの小さな石で出来たブレスレットを身につけていた。
ブレスレットは淡く光っており、ジルフォードとユベールの顔を照らしていた。
「待っていたよ、黒妖精狩人高潔なる金」
「ユベール!シルヴィはどうした?」
「どうしたと思う?」
答えないなら、と口にしたと同時にジルフォードは拳を固めてユベールに殴りかかる。
ユベールはジルフォードの拳を掴む。
だが跳ね返すことは出来なかった。
ジルフォードの羽織っている黒いジャケットは、どんな魔力も封じる力を持っている。
先程シルヴィに跳ね返されたのは、ジャケットを脱いでいたからである。
ジルフォードの拳は力強く掴まれ、振りほどこうとしても振りほどけない。
「くくくっ、愚かなり。高潔なる金」
ユベールが歪んだ微笑みを見せると彼の背後から、緑と茶の色をした無数の植物の枝がジルフォードの手足や首に絡みついてくる。
「くっ・・・」
「さあ、どうする!高潔なる金」
ジルフォードの身体は、枝により拘束され十字架を模した形になっていた。
浅はかだった。
彼は黒妖精
妖精と黒妖精の共通の配下である植物を自由自在に操るのは造作も無いこと。
「でも、君を殺すのは僕じゃない。」
ユベールは指をパチンと鳴らした。
ユベールの後ろから人影が現れる。
ジルフォードは目を見開いた。
「シルヴィ!」
ジルフォードはシルヴィに呼び掛ける。
だがシルヴィはジルフォードの呼び掛けには答えない。
シルヴィの青い瞳はくすんだ色になっている。
首には桃色の小さな石が巻き付いていた。 桃色の小さな石はぼうっと光っていた。
ユベールに何かされたのだと、ジルフォードは感じ取った。
「さあ、シルヴィ。愛しい兄様の言うことを聞いておくれ。」
シルヴィは衣服のポケットから銀色に光る短剣を取り出した。
「シルヴィ!ユベールの言うことに耳を貸すな!シルヴィ!」
シルヴィはジルフォードの言葉には反応しない。
くすんだ色の瞳をしたシルヴィは、ユベールに操られている。
「シルヴィ!」
ジルフォードの再度の呼び掛けに答えず、シルヴィはジルフォードの心臓目掛けて走っていく。
「さあ、我が愛しい妹よ!我らを邪魔する狩人を消すのだ!」
シルヴィは、ジルフォードの心臓に短剣を突き刺した。
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