第六話:事実
シルヴィはゆっくりと目を開いた。
目に映ったのは、今は亡き母の手製である薔薇の刺繍が施された白のカーテン。
木製の天井そして柔らかく包み込むように照らされる灯り。
――私の家?
横に首を動かすと、赤と橙色の混ざったような色をした炎が燃える暖炉の前に一人の人物がいた。
金糸を彷彿させるくせのある短髪が炎に照らされている。
シルヴィが声をかけようと体を起こした時だった。
「目が覚めたか?」
凛とした声と共に、暖炉の前にいる人物は振り向いた。
「具合はどうだ?」
人物は暖炉から立ち上がると、シルヴィの寝ているベッドの傍に歩み寄った。
意識がはっきりとする。だがその直後、鈍痛が頭を襲い額を手で押さえる。
「……っ……」
「無理に身体を起こさないほうがいい。まだ熱が引いたばかりなんだ。」
「熱?」
「お前は熱を出して倒れたんだ。それでここに運んだ。」
シルヴィに一つの疑問が浮かび上がった。
暖炉にいた人物――彼はシルヴィの家の場所を知らないはずだし、シルヴィも教えていない。
近所の人間に尋ねたのだろうか?それとも自ら調べたのか?
憶測を脳内で並べても仕方ないので、シルヴィは彼に尋ねてみることにした。
「どうして私の家を知っているの?」
「ああ、小妖精を呼び寄せて聞いたんだ。」
小妖精とは、山や川、草や木に宿る自然霊の総称である。
木一本でも生えていれば、例外なく小妖精は宿る。
妖精より弱い存在であるため妖精のように人に擬態することはできず、姿を現したとしても手の平大の球状の光にしかなれない。
性格は恥ずかしがりだが、基本的に人間のことが好きで困っている人間を見ると力を貸してくれるのだ。
しかし人間とは話ができないはずだ、それにも関わらず彼は小妖精と話をしたと言う。
シルヴィは彼が何者なのかを知りたくなった。
「あなたは…何者なの?」
名乗るのを忘れていた、と彼は言った。
「ジルフォード・フローレンス。黒妖精狩人だ。長いからジルでいい。」
ジルフォードはそう言って、胸ポケットから何かを出してシルヴィに見せた。
それは手の平大の平べったいバッジであり、高価な銀で出来ていて白い百合の花が象られていた。
白い百合の花はミュステリオン王国の国花。
国花が象られており強い魔除けの力を持つ銀で出来たバッジを持っているということは、王家に選ばれた騎士の証。
「…黒妖精狩人」
「ああ、そうだ。」
黒妖精狩人
それは人間に仇を成す妖精・黒妖精を妖精に打ってもらった武器や妖精の力を借り、黒妖精を殲滅する者。
妖精や小妖精、もちろん黒妖精とも言葉を交わすことが可能であり、人間が住まうミュステリオン王国と妖精の住まうアールヴヘイムの間に入る調停者。
ミュステリオン王国とアールヴヘイムが、人間に害を及ぼし妖精たちを裏切った黒妖精を滅ぼすために同盟を結ぶことが出来たのも黒妖精狩人のおかげ。
黒妖精狩人は、ミュステリオン王国からその活動と業績を認められ騎士の位を国王から授与されている。
無論その話は田舎町ゲインズブールでも知れ渡っていた。
そのため当然のことながらシルヴィも知っていた。
「……シルヴィ・エラクレア。花屋を営んでいるわ。」
知ってる、とジルフォードは言って目を伏せた。
「ゲインズブールへ来る前に調べさせてもらった。あんたのお兄さんのことも。」
その言葉を聞くと、シルヴィはベッドから勢い良く身体を起こした。
「ユベールは!?ユベールはどこ!?」
「…シルヴィ、落ち着いて聞いて欲しい……ユベールは…亡くなっているんだ。」
その言葉を聞いたシルヴィは一瞬、目の前が真っ暗になった。
だが、すぐに反論する。
「嘘よ!そんなの嘘よ!」
「…本当なんだ。フィアールカ王国で死亡が確認されている。兵士名簿を閲覧させてもらったからわかる。」
「嘘よ!ユベールは、生きているじゃない!!だって私を助けてくれたもの!!幼い頃母に買ってもらったブレスレットを、薄いブルーのブレスレットを手首に付けていたもの!!そうよ!ユベールは生きているのよ!!」
「違う。今のユベールには黒妖精が取り憑いている。黒妖精が取り憑いて死んだユベールの身体を動かしているだけだ……!」
嘘だと否定するシルヴィに、ジルフォードは淡々と事実を告げる。
否定したい気持ちは痛い程わかる。
家族が、血を分けた兄妹が死んだのだ。
身を引き裂かれるような思いがすのは当然のことだ。
「シルヴィ。」
ジルフォードはシルヴィの両肩を掴んだ。
「離して!!」
シルヴィはジルフォードの腕を力強く離すと、ベッドから飛び降りた。
行く先は決まっていた。
ユベールが消えたあの森。
「待てって!っ!」
シルヴィを追いかけようとしたジルフォードは、何か強烈な力によって身体が弾かれてしまった。
次に見た時には、家にシルヴィの姿はなかった。
シルヴィは走った。
森へ向かって走った。
熱の少し下がった身体で走っているため、すぐに汗をかいた。
だが、構わなかった。
手首にはいつのまにか桃色のブレスレットが巻かれていた。
桃色のブレスレットは月のない夜にも関わらず、ぼうっと光っていた。
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