第四話:鈴の音と青年
「ユベール!」
シルヴィの目の前でユベールは、苦悶の表情を浮かべながらその場にしゃがみこんでしまう。
リン・・・・・・
リン・・・・・・
ユベールはしゃがみこみながら、両耳を手で塞ぎ呻いている。
シルヴィはユベールを一刻も早くこの音から遠ざけ、自宅で介抱したい気持ちでいっぱいだ。
「ユベール立てる?ユベール!ユベール!」
しきりに兄の名を呼ぶが、兄は苦しそうな声を上げるだけでシルヴィには返答しない。
鈴の音は止まらない。
それどころか先ほどより大きく響いている気がした。
「――やっぱりな。」
鈴の音より澄んだ声とその主が、シルヴィとユベールの前に現れた。
金色のくせのある短髪に青い両の瞳の青年。
彼の身を包んでいたのは黒いスーツ。
手にはチョコレート色の鞘に収まった剣が握られており、柄頭には胡桃程の大きさをした銀色の鈴が付属されていた。
「この鈴の音は人間には、ただの鈴の音にしか聞こえない。だが黒妖精にとっては不快極まりない騒音だ。」
「な、何なの!?あなたは一体何者なの!?」
しゃがみこむユベールの傍らで彼の背中をさすりながらシルヴィは問い、視線を鈴の音の発信源である彼にぴったり合わせる。
彼は太陽に照らされたくせのある金色の短髪を耳にかけながら、しゃがみこむユベールを睨む。
「高潔なる金・・・・・・」
苦しんでいたユベールが僅かに顔を上げながら、声の主の立つ方向に視線を移動しよろよろと立ち上がった。
「その称号は、俺がミュステリオン王国・国王ダゴベール・レイ=ミュステリオン陛下から賜ったものだ。俺をそう呼ぶのは王族の人間もしくは黒妖精のどちらかだ。妖精は俺を称号で呼んだりしない。それに妖精は死人の身体に取り憑いたりなんかしねぇ、死人に取り憑くのは、黒妖精だけなんだよ!」
ノーブルゴールドとユベールに呼ばれた青年は、目に止まらぬ速さでユベール目掛けて剣を振り下ろした。
「やめてぇ!!!」
シルヴィの叫びも空しくユベールは斬られた・・・・・・かのように見えた。
シルヴィは思わず目を覆った。
自分の家族の命の灯火が消え、周りは鮮血に染まる・・・・・・はずだった。
シルヴィはおそるおそる目を開けると、そこには黙って立ち尽くす自分の兄と太刀を抜刀したままユベールを睨み続ける青年の姿があった。
ユベールは無事だった。
斬られたのはユベールの片頬だったのだ。
ユベールの片頬に切り傷が生まれた。
ユベールの無事が確認できたシルヴィは、傷の具合を確認するためユベールの頬を見た。
「ユベール・・・・・・あなた、それは・・・・・・?」
ユベールの片頬から滴り落ちていたのはルビーのように赤い血、ではなくサファイアのように青い青い色をした血。
ノーブルゴールドと呼ばれた青年が手に持っている剣の剣身も青い血が付着していた。
何故、普通の人間であるはずのユベールが青い血をしているのだろう。
何故、ただの鈴にしか聞こえない音に耳を塞いで苦しんでいたのだろう。
シルヴィの頭の中に疑問が浮かんだ。
「これでわかっただろ、お嬢さん。あんたのお兄さんはもうあんたのお兄さんじゃない。あんたのお兄さんに取り憑いた黒妖精なんだよ、妖精はこんなことはしない絶対に。」
ノーブルゴールドと呼ばれた青年は静かにゆっくりと剣を腰にある鞘へ収めた。
次の瞬間、彼の横を今まで苦しがっていたユベールが物凄い速さで通り過ぎ森の奥へ消え失せた。
舌打ちをする青年とユベールを黙って見送るシルヴィ。
「逃がしたか!だがすぐに・・・・・・っておい!おい!しっかりしろ!」
シルヴィの意識が混濁し、目の前が揺らいだ。
――ユベール・・・・・・どうして・・・・・・
身体中の感覚が一つずつ麻痺していくように、何一つ考えられなくなっていく。
シルヴィの両の耳に届くありとあらゆる音が止んでいき、意識は闇の中へ消えた。
「だい・・・・・・ぶか!しっ・・・・・・りしろ!!」
シルヴィが最後に聞いたのは、ノーブルゴールドと呼ばれた青年の自分を呼ぶ声だった。
|