第三話:再会
花は次々と売れて、シルヴィの籠の中の花はほとんどなくなった。
──来て良かった。危険なことなんて何もなかったわ。
シルヴィはホッと一息つく。この売れゆきなら、明日もまた来てみようと思う。
と、突然、大きな歌声が聞こえてきた。歌声というより、怒鳴り声のような騒音に近い声だ。
前方に目をやると、酔っぱらった兵士達が肩を組み、千鳥足で歩いてくる。
シルヴィは彼らを無視し、急ぎ足で通り過ぎようとした。
「おっ、花売り娘だ!」
「俺達にも花を売ってくれ!」
酔っぱらい達はシルヴィに目を付けると、行くてを塞ぐように立ちはだかる。
「ごめんなさい。今日の分はもう終わったの。」
シルヴィはしっかりと花籠を抱え、男達を見つめ返す。
「まだ籠の中にあるじゃねえか。」
「花がダメなら、お前でもいいぞ。お前の方が花よりずっと良い。」
「そうだ。お前を買ってやろう! いくらだい?」
男達はいやらしい目つきでシルヴィを見ては、大声で笑い合った。
シルヴィは男達を避け、歩いて行こうとするがグイッと腕を掴まれた。
「小娘じゃあるまいし、いいじゃないか。花を売るよりずっと金になるぞ。」
シルヴィの腕を掴んだ兵士が、ニタリと笑う。
「この町の女はいい女ばかりだが、お前は特に美しいな。」
「放してください!」
引き寄せようとする男の腕を振りきろうとした時、シルヴィの腕から籠が落ちた。
「花なんか放っておけ。俺達と一緒に飲みに行こう!」
落ちた花を踏みつけられ、シルヴィは別の男にもう片方の腕を取られた。
「町の女どもは、金目当てに平気で体を売っているんだ。お前なら他の女より、うんと金を払ってもいいぞ。」
「嫌! 私は彼女たちとは違う!」
シルヴィは踏ん張るが、男の強い力にズルズル引きずられそうになる。
──助けて!
恐ろしくて声が出ず、思わず目を瞑った。そのまま男達に連れて行かれそうになった時、誰かの声がした。
「待て! 彼女は俺と約束しているんだ」
男達の歩みがとまり、シルヴィは別の誰かに体ごと引き寄せられた。
「俺の女だ。」
知らない男の腕の中に抱きしめられたシルヴィは、恐る恐る目を開ける。
男の腕がシルヴィを掴み、その体温が体に伝わる。
男はしっかりとシルヴィを抱いているが、決して乱暴ではない。
「……あの?」
ドキドキしながら男の顔を見上げようとするシルヴィに、男は小声で呟いた。
「大丈夫、俺に任せて。」
酔っぱらった男達は、男を睨み付ける。
「何だと? 若僧がえらそうに。」
迫ってくる酔っぱらい達に、若い男はポケットから紙幣を差し出した。
「喧嘩は好きじゃない。この金で飲み直して来いよ。」
「フン……」
酔っぱらいの兵士達は、若者の紙幣を黙って受け取った。
「ま、今回は許してやるか。」
金を懐にしまい込んだ男は、他の男達と顔を見合わす。
「しらけちまったな。また飲み直そうぜ!」
酔っぱらい達は、また大声で歌いながら、フラフラと通りを歩いて行った。彼らの姿が店の中に消えると、若者はサッとシルヴィを放した。
「……あの?」
シルヴィはその場に突っ立ち、若者を見上げた。
優しい目をした金色の髪の精悍な若者。
シルヴィは頬を染めて彼を見つめた。
「ありがとうございます!」
「いや、こっちこそ、いきなり抱きついて悪かった。」
青年は軽く頭をかき、落ちた籠と花に目をやった。
「花は台無しにしてしまって申し訳ない。」
「あ……」
シルヴィは慌てて、籠と花を拾う。男達に踏まれた花は、ぐったりとなっていた。
「お詫びにその花を全部買うよ。」
若者はシルヴィが手にした花を見ながら言った。
「え?」
「これから人に会いに行くから、花を買っていこうと思うんだ。」
「でも、この花はもうダメだわ……」
「良いさ。なんなら、少し安くしてくれるといいけど。」
若者が笑い、シルヴィも微笑んだ。
「それなら、この花は助けてくれたお礼にあげるわ。」
シルヴィは籠の花を束ねると、若者に差し出した。
「本当に良いのかい? 幸運だな。」
シルヴィは頷き、花を手渡す。その時、若者の手首で何かが光った。
「あっ、それは……」
若者の手首に目をやったシルヴィは、驚いて目を丸くする。
彼は腕にブレスレットをしていた。
それは、シルヴィとお揃いのブレスレットだ。
淡いブルーの石の粒。
「間違いないわ。ユベールのブレスレット……どうしてあなたが?」
シルヴィはじっとブレスレットを見つめ、自分の腕にしたブレスレットを若者に見せる。
「……もしかして、ユベール? あなたはユベールなのね!?」
驚きが喜びに変わる。シルヴィは目を輝かせ、若者を見上げた。
「……君は、シルヴィ……?」
若者はじっとシルヴィを見つめ返した。
「そうよ、私はシルヴィ……あぁ、本当にユベールなのね、嘘みたい。」
シルヴィの青い瞳から涙が溢れ出る。
「ユベール、会いたかった。」
シルヴィはしっかりとユベールを抱きしめる。
後から後から涙が溢れ、シルヴィの頬を濡らしていく。
「母さんが死んで、私、ずっとひとりぼっちだったの……ずっと一人で花畑を守ってきたわ。どんなにあなたに会いたかったか分かる……?」
ユベールの胸に顔を埋めて、シルヴィは体を震わせながら泣いた。
ユベールは戸惑いがちに腕を伸ばし、シルヴィの体をそっと包みこむ。
「……海の向こうでは戦争が始まって、若者は皆兵士にとられ戦っているって聞いて、すごく心配したわ。でも、戦争は終わったのよね? 良かった、あなたが無事に帰って来てくれて。もう、どこにも行かないで……」
シルヴィはゆっくりとユベールの体から離れ、頬を濡らす涙を拭った。
「帰りましょう、私たちの家に!」
ユベールを見上げ、シルヴィは微笑む。
「どうかしたの、ユベール?」
「え?」
「私と再会したこと、あまり嬉しそうじゃないみたい。」
シルヴィはクスリと笑った。
「あ、いや……あまりに長い間会っていないから、君がシルヴィだと思えなかったのさ。すまない。」
「謝らないで。あの時、私たちまだ七歳になったばかりだったもの。」
シルヴィは自分と同じ青い瞳のユベールの瞳を見つめる。
「あの頃は、私たち背の高さもいっしょだった。でも、今はあなたは立派な青年ね。背だって私よりずっと高くなって逞しくなったわ。」
シルヴィはユベールが抱えていた花束に目をうつす。
「その花束、私にくれようとしてたのよね? ありがたくいただくわ。」
悪戯っぽく微笑み、シルヴィはユベールから花束を受け取る。
「ついでに市場で買い物をして帰りましょう。今夜はうんと御馳走するわ。」
シルヴィは言いながら、先に歩いていく。
「あ、シルヴィ。」
ユベールは右足を少し引きずりながら、慌てて彼女の後を追う。
「実は……まだ、家の片づけが終わってないから、もう一度国に戻らなきゃならないんだ。」
「そう。こちらにはどれくらいいられる?」
「そうだな……一週間くらいなら。」
シルヴィは片手を伸ばし、そっとユベールと手を繋いだ。
「必ず、また戻ってきてね。」
ユベールを見つめ、念を押すように言う。
「もちろんさ。」
ユベールはクスッと笑い、シルヴィの手をギュッと握った。
「まるで、恋人同士みたいだな、俺達。」
「子供の頃はいつもこうして手を繋いで歩いてたでしょ。ユベールったら、すぐに迷子になっちゃうから。」
「そうだったっけ? それなら、握っててもらおうか。」
二人は顔を見合わせて笑った。
二人並んで通りを歩く。
またこんな風にユベールと並んで歩けるとは、シルヴィは思ってもみなかった。
繋ぎ合った手から、ユベールの温もりが伝わる。今まで恋人が出来たことなんて、一度もなかった。
大人の青年とこうして手を繋いで歩くことも初めてだ。
シルヴィの胸が小さくときめき、頬が早春に咲く桃の花の色に染まるのを感じ、シルヴィは動揺する。
──やだ、ユベールは双子の兄なのに……久しぶりに会ったものだから、何だか変な気分になっちゃったのよね。
シルヴィは心の動揺を隠すように、ユベールに話し掛ける。
「足、どうしたの? 歩きにくそうね。」
ユベールは、ずっと右足を引きずりながら歩いている。
「あぁ……戦争の傷跡。まだ、包帯巻いてるけど、もうすぐしたら傷は治るさ。もうすぐすれば…」
ユベールの顔が一瞬曇る。
ユベールは生々しい戦争を体験してきたばかりだ。
体の傷以上に深く心の傷も負っているはずだった。
シルヴィの胸が痛む。
「私の美味しい手料理を食べたら、きっと傷も早く治るわよ」
シルヴィが明るい笑顔を向け、ユベールの手を握り返した時だった。
リン…………………
鈴の音がシルヴィとユベールの耳に届いたのだ。
リン…………………
シルヴィが鈴の音の発信源がどこかを目で追って居た時だった。
突如ユベールに異変が現れたのだ。
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