最終話:あなたを待たせて
古いヨーロッパ調の家具が並んだ部屋。
人間が流す血のような赤を基調としており、同色のインテリアが置かれている。
小さなチョコレートブラウンのテーブルの上に置かれた青いキャンドルには、小さな青い炎がゆらゆらと揺らめいていた。
そこには二人の人物。
一人は背もたれのゆったりとしてふかふかな椅子に腰掛け、一人は椅子の前で跪いている。
青を混ぜた銀色に輝くくせっ毛に、蝙蝠のついた小さいハットがちょこんと乗っていた。
「つまり、君は失敗したってことだね。」
幼さが残るいやわざと残している声で、彼――ルシファーは跪く人物に問うた。
「いや!もう少し!もう少しで憎っき黒妖精狩人を始末することができたのですが……」
跪いていた彼――バシアヌスが立ち上がり、ルシファーに言い訳を並べている。
元々ルシファーの命で、ブレスレットをシルヴィとユベールに買わせようと港の売人たちと話をつけ、二人に買わせることまではできた。
その後ブレスレットの呪力で、シルヴィたちをエサに黒妖精狩人をおびき寄せシルヴィ・ユベールもろとも殺す。
その予定だったが、ジルフォードが持つ剣についた鈴のせいで呪力を失い、シルヴィもろともジルフォードを殺すことはできなかった。
「しかし!ユベールは殺すことができました!」
「それはお前の力じゃない。戦で死んだだけじゃないか。」
バシアヌスの背中に冷たい汗が伝っていく。
ルシファーは先ほどから変わらない無表情だが。声は怒りに満ちていた。
容姿は少年にしか見えないが、彼はバシアヌスの何倍何百倍と年を重ねている。
ここにいるルシファーは人間ではなく最高位の黒妖精。
最高位の黒妖精七人。七大伯爵と呼ばれている内の一人。
バシアヌスは、これから自分の命がどうなるのか気がかりになっていた。
「ルシファー伯爵様、これから自分はどうすれば……」
どすっ
バシアヌスが言い終わる前に、バシアヌスの心臓に短剣を刺した。
「君はもういい。役に立たないことがよくわかった。二度と僕の前に姿を現すな。」
こうしてバシアヌスは速やかに自らの生涯を終えたのである。
「エラクレアの双子が使えなかったか……次の手はどんな手がお望みかい?高潔なる金そして風の王」
ルシファーは顎に手を当てて、ほくそ笑んだ。
朝が来た。
窓から白い陽光が差し込んできた。
目覚めたシルヴィは隣を見やると自分の隣に寝ていたはずのジルフォードがいなかった。
ジルフォードがそこに寝ていたことを掛け布団の温もりが教えてくれた。
「おはよう、シルヴィ。」
「おはよう、ジル。」
ジルフォードの手には湯気が立ったマグカップが二つ握られていた。
ジルフォードは片方をシルヴィに手渡した。
アールグレイの良い香りが湯気を通して伝わってきた。
「悪ぃ。キッチン勝手に使わせてもらった。」
見ると木製のテーブルには、湯気が上る朝食のメニューが並んでいた。
どれもこれもおいしそうだ。
「おいしそうね、食べましょ。」
朝食を食べ片付けをした後、ジルフォードは仕度を終えて玄関に立っていた。
「月に一回いや二回は会いに来るようにするから。」
「ええ、待ってるわ。来る時は手紙で連絡してね。」
二人は誰からともなくゆっくりと唇を重ねた。
「生きて!どんな目に遭っても生きて!」
シルヴィはジルフォードを抱きしめた。
ジルフォードもシルヴィの背中に腕を回した。
「ああ、生きるよ。生きてお前を抱きしめる。」
簡素な部屋から響く叫び声があった。
どこかに甘みのある美声の持ち主が叫ぶ声だった。
「嫌だああああああああっ!」
「我慢しな、脱走しようとした罪は重いのだよセイロン君。」
「注射は嫌だって言ってるじゃないかああああああっ!」
美人女医アリオーシュは包帯だらけのセイロンの身体に馬乗りになっている。
片手には人参程の大きさと太さの注射器がしっかり握られていた。
アリオーシュの表情は冷たく張り付いた笑顔であり、見る者を恐怖へと誘う。
セイロンはまさに恐怖に誘われており、声を出して叫んではみるものの身体はぴくりとも動かない。と言うより動くことができない。
「これから注射するんだから、動くんじゃないよ。」
「嫌だってばあ!やめてやめ…………ううううううううっ…!」
「……ただいま。親父、アリー先生、何やってるんだ?」
ジルフォードは呆れ顔だ。
無理もない。
セイロンは半泣き状態。
アリオーシュは涼しい顔でセイロンに馬乗りになっている。
ちょっと角度を変えたら破廉恥な光景にも見えかねない。
セイロンとアリオーシュは声を揃えて「お帰り。」とジルフォードに言った。
ジルフォードは少し俯き加減で「ただいま。」と二人に言った。
アリオーシュはセイロンの身体から離れると、席を外した。
ジルフォードはゲインズブールで起こった事をセイロンに報告した。
魔具のこと。
黒妖精に取り憑かれたユベールのこと。
妹のシルヴィのこと。
その他のことを順序立ててセイロンに報告した。
「それで?ブレスレットを売った奴はわかった?」
「ああ。それなんだけど売ったのはゲインズブールのアクセサリー商人だった。売った奴に聞いたら黒妖精は知らないって言ってたしそいつの周辺にも黒妖精の関係者はいなかった。だが売らせた奴がいたんだ。」
「誰?」
「バシアヌスって男だ。さっき話した双子の兄を買った人買いでもある。そいつを見つけ出して調べれば。」
セイロンはジルフォードを抱きしめた。
彼の金髪をいとおしそうに撫でる。
「よく頑張ったね、一人で大変だったのに。」
「や、やめろ親父。照れるだろ。」
「じゃあもっと照れろー!」
セイロンは息子の頭をこれでもかと言うくらい撫で回した。
ジルフォードは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
その様子をそっと影でアリオーシュは見守っていた。
一年後……
「じゃあ、行ってくる。」
「行ってらっしゃい。」
今日はユベールの命日。
白い百合の花束を大事そうに抱えてジルフォードはゲインズブール行きの船に乗った。
墓石が立つ丘で愛しい恋人を待たせて……
|