第九話:青い血
港には、沢山の人々が集まっていた。
シルヴィと中年女性は人の波を掻き分けながら、早足で前に進んでいく。
「ちょっと!通しておくれよ!シルヴィ!シルヴィ!」
中年女性が手招きをする。
シルヴィは足取りが重くなるのを必死で耐えると、歩を進めた。
そこには、遺体となったユベールと黒いスーツを着たジルフォードがいた。
「ああ、ユベール!ユベールじゃないか!何て可哀相に!こんな姿になっちまってぇ!」
中年女性は身内であるシルヴィより先に泣き始めた。
ユベールの遺体に寄り添い、おいおいと声を上げ中年女性は泣いた。
シルヴィも遺体に寄り添い、体温の無くなった頬に触れながら、声を上げて泣いた。
ジルフォードはそんな二人を、悲しそうな瞳で見つめていた。
中年女性とシルヴィの泣いてる姿につられたのか、シルヴィたちを囲んでいる人々の中からもすすり泣く声がちらほらと聞こえてきた。
この場が悲しみに包まれていた。
「あんたが見つけてくれたのかい?騎士様。」
「はい、この近くで黒妖精を狩っていた時にこの方を見つけました。」
すると中年女性はジルフォードを睨みながら、彼に掴みかかった。
「おばさま!」
「シルヴィ!黙ってな……あんた騎士の癖して戦争も止められないのかい!?」
「俺は黒妖精狩人です。あくまで黒妖精を狩るのが俺の仕事です。騎士であっても他国の戦には関与できないんです。」
周囲でブーイングが起こった。
中年女性の意見にそうだそうだと賛同する声が増えていく。
「やめてください!!!」
シルヴィの声に、周囲のブーイングがピタリと止んだ。
シルヴィはもう一度、やめてくださいと静かに言った。
「……兄は、黒妖精に取り憑かれていたんです。それをここにいる騎士様が退治なさって下さったんです。」
シルヴィの突然の告白に周囲からざわめきの声が上がる。
中年女性も目を見開いてシルヴィを見やる。
「兄は一度帰ってきました。私の元に。でもそれは黒妖精が兄の振りをしていただけだったんです。本当は兄はフィアールカで既に命を落としていたんです。そこに黒妖精が取り憑き、兄になりすまして私を殺そうとしたんです。それを、ここにいらっしゃる騎士様が助けて下さったんです。騎士様は何も悪いことはしてません。ですから、ここにいらっしゃる騎士様を責めないで下さい。お願いします。」
シルヴィが深く頭を垂れた。
誰からもブーイングの声は上がらなかった。
やがてバツが悪くなったのか、周囲の人々は去ってしまい後に残されたのはシルヴィ・中年女性そしてジルフォードであった。
明朝。
ユベールの葬儀はしめやかに行われた。
葬列者はシルヴィ・中年女性・ジルフォードの三人で取り行われた。
ユベールは眠ったように安らかな死に顔をしていた。
まるで今にも目を覚ましそうな顔をしていた。
「シルヴィ、これ。」
ジルフォードがシルヴィの手に何かを置いた。
それはシルヴィのブレスレットとユベールのブレスレットだった。
ブレスレットはすっかり直っており、陽光に照らされて桃色と薄いブルーに光っていた。
「呪力はもうない。俺の鈴の音で浄化しておいた。」
シルヴィはユベールの右腕に薄いブルーのブレスレットを、左の腕に桃色のブレスレットを着けてあげた。
「さようなら、兄さん。」
シルヴィの声を合図に、ユベールが横たわる棺が閉められ、土に埋められていく。
徐々に土で見えなくなるユベールを最後まで見ていられなくなったシルヴィはその場にしゃがみこみ、声を殺して泣いた。
とめどなく流れ出る涙は、シルヴィから生きる気力を剥ぎ取っていくようだった。
やがて土は埋め終わった。
スコップを手にしていた中年女性は何かを悟り、シルヴィとジルフォードの二人きりにして、静かに去った。
「一人にして。」
シルヴィの肩に触れようとしたジルフォードに、彼女は言った。
わかった、でも近くにはいさせてくれとジルフォードは言った。
シルヴィはゆっくりうなづいた。
「ありがとう、ジル。」
去り際のジルフォードにシルヴィは感謝の言葉を述べた。
ジルフォードはユベールの墓標からそう遠くない木に腰をかけ。墓標でうずくまるシルヴィを見守っていた。
シルヴィの涙は枯れることを知らず、流れ続けた。
日が西に傾いた。
それでもシルヴィは墓標から離れようとはしなかった。
見かねたジルフォードは、シルヴィに駆け寄りジャケットをかける。
「風邪引くぞ。シルヴィ。」
「いい。」
「よくない。」
「いいのよ!!私は一人ぼっちになってしまった!独りになってしまったのよ!」
さくっ
何かをそっと切り裂くような音がシルヴィの耳に届いた。
見るとジルフォードの人差し指から血が流れ出ている。
その色はジルフォードとシルヴィと同じく青い色。
「どう…いうこと……?」
「俺、妖精と人間のハーフなんだ。俺にもいたんだ、双子の妹が。生きていたらシルヴィぐらいだな。俺の妹は黒妖精に殺されたんだ。」
思いもよらない告白に、シルヴィは戸惑いを隠せない。
思考回路がうまく回転しない。
辛い過去を何故自分に告げるのだろうか。
「俺、黒妖精狩人になってから例え命を落としてでも妹の仇を取りたいって思っていた。でも今は違う。」
ジルフォードがシルヴィの両手を取り。自分に引き寄せる。
ジルフォードとシルヴィの距離が、近くなる。
互いの鼻が触れそうなほど、ジルフォードの顔が近くにあった。
「シルヴィが好きだ。」
ジルフォードはそっとシルヴィにキスをする。
唇を重ねられ、シルヴィの心臓がそっと鼓動を高める。
「シルヴィを守りたい、シルヴィを守って生きていきたい。シルヴィを残して死にたくない。今は心からそう思える。」
ジルフォードはシルヴィの背中に腕を回し、力強く抱きしめた。
シルヴィの四肢に、甘い痺れが走り抜けていった。
シルヴィの体温が熱を帯び、頬が桃色に染まった。
「嫌いでもかまわない。たとえシルヴィが嫌っても俺はシルヴィを守る。」
「……守るって言ってもあなたは行ってしまうんでしょう?そんなの嫌!」
シルヴィはジルフォードの背中に腕を回す。
力強く、離さないで、と訴えるかのように。
「離さないで、どこにいても私のことを愛していて。それができないならこの腕を振り払って。」
ジルフォードはシルヴィの身体から自分の身体を僅かに離すと、
シルヴィの首筋に耳たぶに優しくキスをしていく。
――離さない。
シルヴィの内耳に甘く澄み切った声で、ジルフォードは言った。
そして二人は溶け合うかのように抱き合った。
優しく、強く。 |