第零話:墓前
気持ちの良い風が吹く、小さな丘に立つ灰色の石。
石の前に立つのは、稲穂によく似た金色の巻き毛に青い瞳をした美しい娘。
娘は石に刻まれた文字をなぞりながら、目を潤ませた。
石には『ユベール・エラクレア、ここに眠る』と刻まれていた。
「シルヴィ!」
澄み切った声で自分の名前を呼ばれた娘──シルヴィ・エラクレアは青い瞳からこぼれそうな涙を指で拭うと、立ち上がって声のした方へ顔を向ける。
「ジル。」
「お…おはよう!」
シルヴィの目の前に立つ青年──ジルフォード・フローレンスは、彼女と同じ色をしたくせのある短い髪にこれまた彼女と同じ色の瞳をしていた。
「綺麗な百合の花、あなたが選んでくれたの?」
「あ…ああ。お前みたいにセンスないから自信ないけど。」
シルヴィはジルフォードが両手に抱えている花束を覗くと、嬉しそうに青い両の瞳を細めた。
雪のごとく白い百合の花束は、朝露をきらめかせ生き生きと咲いていた。
「本当に綺麗ね、ユベールも喜ぶわ。」
シルヴィがジルフォ―ドから花束を受け取り石の前にそっと置くと、再び腰を下ろして両手を組んで瞳を閉じた。
自分の兄──ユベール・エラクレアが眠る墓の前に。
ジルフォードもシルヴィに倣う。
しばしの静寂。
風が青い草原をなぞっていく。
シルヴィとジルフォードの髪も、風になぞられる。
「…ありがとう、来てくれて。」
シルヴィは瞳を開いて立ち上がると、金色の巻き毛を手で掻き上げながらジルフォードにお礼を言った。
「…俺はお前の兄貴を助けることができなかった。だから自分にできることをしているだけだ。礼を言われるようなことはしていない。」
ジルフォードは哀しそうな顔で、言葉を紡いだ。
どれだけ言葉を紡いでも、失った命を取り戻すことはできない。
自分がした事が正しいことさえわからない。
どのような状況であれ、自分が人を殺めたことに変わりはない。
「本当にすまな…」
「謝らないで、私も兄もあなたに感謝しているわ。」
シルヴィが持つ何本かの細い指が、ジルフォードの唇を塞ぐ。
「兄を救ってくれたのは、あなたなの。私を救ってくれたのは、あなたなの。だから、だから…!」
シルヴィの両の瞳から涙が、いくつもこぼれる。
涙を拭おうと伸ばした手はジルフォードに引っ張られ、そのままシルヴィの身体はジルフォードの胸の中に飛び込んだ。
何も言わずに自分の身体を抱きしめるジルフォードの心地良い体温を感じた時、シルヴィの中で何かが外れた。
シルヴィもジルフォードの背中に手を回すと、鳴咽の声を上げ始めた。
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