人は希望を持つことで未来へ胸馳せ、歴史を刻んできた。夢を持つことで不可能を可能にしてきた。
――空を飛びたい。
群れ集い旅する渡り鳥のように。
――風を感じたい。
大空を舞う孤高の荒鷲のように。
雄大なる風神に身を任せ、自由に、気ままに。
そんな願いの結実として、俺はこの世に生を受けた。
フッ、まずは自己紹介をしておこう。
俺の名はタケコプター。直径十センチほどの空を翔けるための道具で、ちなみに電池式だ。別にヘリトンボなる別名もあるが、好きに呼んでくれていい。
さて俺は今、あるイベント会場に来ている。天井が高い体育館のような趣が強い、大きな会場だ。
しかし今日の主役は……
……人間たちじゃねえ。
本日、栄えあるスポットライトを浴びるのは、そう、俺を含めた夢ある未来道具の数々なのだ。
場内は開演が近付くにつれて、ピリピリとした緊張感に包まれてきている。
『あら、お久し振りね』
話しかけてきたのは濃緑色の唐草紋様がまぶしい、タイム風呂敷の姐さんだ。
『よ、よう。今ごろ会場入りかい』
ちきしょう、相変わらずそそる身体をしてやがる。なんつっても俺と違って、包んだ物の時間を操れる機能のおかげで、姐さん自身は時という概念から遠く離れた存在だ。
つまり永遠に年を取らねえ、いつまでも美しいままなんだ。時速80キロ、連続8時間でオーバーヒートしちまう俺にとって、憧れの対象。思わず声がうわずっちまったのも仕方あるまい。
おっと、姐さんを見とれてるうちに、気がつくとお仲間たちが続々と揃ってきてらぁ。
会場に床に転がるちっこいのは、スモールライトの奴だな。隣りにいるデカい図体は、大して変わらん性能のガリバートンネルか。
ぬう、あそこに見える首長の小ビン。あいつは要チェックかも知れねえ。連載初期に伝説の最終回で主役を張った、ウソ800(エイトオーオー)だ。あんなマニアックな奴まで出張ってやがる。
他にも大小様々に、まあ色々といるもんだ。
《これより第一回、夢と希望への殿堂入りランキング大賞、授賞式を始めます》
どうやら始まったらしい。壇上の上から朗々たる司会者の声が届いてきた。すると途端にざわめいていたお仲間たちが、水を打ったように静まり返ったじゃねえか。
さあ、いよいよだ。人間たちが夢と希望溢れると選んだ、俺たち未来道具への順位づけ。誉れある発表式の開演だ。
『宣誓! 我々、未来道具は、人間への、絶対の忠誠を胸に、これより選ばれた、名を汚すことなく――』
扉のくせに濃い桃色という、ありえない配色が気持ち悪い、どこでもドアが偉そうに宣誓していやがる。
何が名を汚さねえだ。のび太が開く三回に一回は、しずかちゃんの浴室に繋げてるくせに。
しかし、強力なライバルなのは認めなけりゃならねえ。俺の前に立ち塞がるとしたら、恐らく奴だろう。
今大会のコンセプトは、人間たちが未来に向かって思い焦がれる、夢と希望を形にしている道具ということだからだ。が、忘れちゃならねえ。人間たちはわがままで、自分勝手な生き物だってことを。
どこでもドア、タイムマシンといった俺と比肩する知名度を持つ奴らは、確かに性能から言うなら、夢と希望を持ち合わせてる。
でもよ、いかんせん図体がデカ過ぎんだ。人口増加が避けられない今日の人類にとっっちゃ、居住スペースを圧迫しかねないそのナリ。コンパクトじゃないボディは致命的な欠陥ってもんよ。
『あん、もう呼ばれちゃった。自信あったのにな〜』
そよ風になぶられた乙女のような声で、タイム風呂敷の姐さんが吐息まじりに呟いた。上空に掲げられた巨大な電光掲示板に、TOP10以下のお仲間たちの名称が連なったのだ。
(ま、姐さんじゃあ、いいとこそんなもんだろ)
知名度さえ劣らなければ、イイ線までいくたぁ思うが、やはり親分であるタイムマシンには及ばねえ。弟分のタイムベルトは、更に低い順位だ。
『やあ、タケちゃん。これからが君と僕との、レッツ本番だね』
底抜けに明るく、むやみに爽やかな声が俺を苛立たせる。どこでもドアが扉をパタパタ開けながら近寄ってきやがる。
『うわわぁー!!』
どこでもドアの意味がねぇ扉の開閉に、吸われ吐かれる大気。生み出されたその風に導かれ、ヒラリマントの坊主が名前のままに、ヒラリと天井に飛ばされていく。
掲示板に10位の表示。フッ、脱落者だから放っておこう。
『勝っても負けても悔いのない勝負にしよう、タケちゃん』
(ああ、うるせえ)
俺は上部にあるプロペラを一回転させて、不機嫌さを示そうとした。そんな時すぐ後ろで空気砲と空気ピストルの兄弟が、上位に入れなかったうっぷんを晴らさんと、揃って号砲を撃ち鳴らしやがった。
(ああ、もう。まったくもってどいつもこいつも、うるせえったらありゃしねえ)
地響きのような歓声と怒号。失意と興奮が会場内を交差する。そんな中、次々とTOP3以下までの順位が表示されていく……
7位― ウソ800
おっと、ここでダークホースが落ちたか。
6位― タイムマシン
ようし これでライバルは一人だ。
5位― ドラミちゃん
待てい、道具じゃねえだろ。
4位―コピーロボット
パーマンのを入れるんじゃねぇ!
なんか釈然としねえ俺をよそに、ゆっくりと開演前の静けさが戻り始めてきやがった。
残す上位アイテムはあとわずか。ここで壇上に立っていた司会者が人間の中年女性を招き寄せた。ブロック崩しが得意という変わった特技を持つ、その女性は伝説の初代ドラエもんの声優だった。
途端に嵐の如く沸き返る歓声と嬌声。俺も軽く身震いを覚え、プロペラを逆回転させた。
だってよぉ、またあの独特の、個性的でくぐもったような、それでいて凛と響き渡る声で、呼ばれる日が来るなんて。
(かぁ、しびれるぜ、こいつぁ……)
俺は平静をふんづかまえてボディに戻すと、歓喜の時を待った。
人間は空を飛びたい。翼が欲しい。遠い昔から夢に描いていたはずだ。
一瞬で目的地に着くよりも、直にその五感で風を感じたい、そう願ったはずだ。
のび太みたいなナマケモノは、少ねぇはずなんだ。
俺は何度も何度も脳裏に願いを反芻させて、呼ばれる瞬間を渇望した。
《これより、発表致します……》
司会者の声が聞こえた。次だ。続いて懐かしい、あの声が会場内に流れるんだ。
どっちだ。どっちが呼ばれる。どっちが先に呼ばれて、負けやがる。
《ど〜こで〜も、ド〜ア〜》
――勝った!
俺は隣にいるドアに向けて、ガッツポーズとばかり数センチ浮き上がった。
《続きまして第二位です》
『なにぃ!?』
《タケコプタァ〜》
変わらない歓声…… どよめきと共に巡回するスポットライト、は、止まっちゃいねえ。俺に届いちゃいなかった。
ドアが三位で俺が二位だと? じゃあ一位は誰だ。どいつが俺より夢と希望が。俺より使い易さが。俺より優れていると選ばれた奴ぁは、どこのどいつだ。
場内には連なり流れるドラムの音響が、俺を置いてけぼりにさせやがる。
くそ、うるせぇ。俺が聞きたいのは、んな音じゃねえ。俺が味わいたかったのは、知りたいのは……
《それでは、お待たせ致しました、第一位です!》
《四次元〜ポケット〜》
『……へっ?』
いや、確かにスペアは存在する。二つのポケット内はつながってて、自由に色んな道具を‥って、いや、だからって……
ポケットの小さな体が壇上に向かい、ピョコピョコと跳ね進んでいく。
『おいおい、だからって、それじゃあ、それじゃあまりにも人間よぉ』
俺はプロペラの回転を止めて、ボディを傾かせ、嘆き呟いた。
『夢も希望もありゃしねえ‥って』
おしまい
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