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それでも私はやってない
作:子鉄


私はとあるモップ工場で働いていた。
           
出来上がったモップに、一枚一枚丁寧に『丸山モップ株式会社』と書かれたラベルを張るのがその主な仕事である。
これは女や子供にできるような仕事ではなく、他の誰でもない私だけに任されている仕事だ。
ちゃらちゃら髪を茶色に染めたOLみたいなもんは、ちゃらちゃらお茶でも沸かしていればいいのだ。

「せいやっ!」
「せいやっ!」
「きえぇぇぇぇっ!」

一つ一つが真剣勝負で、職人気質の私のような江戸っ子にぴったりの仕事であった。
自分がこの会社を支えている、自分がOL共に飯を食わせている、そんな気持ちだった。   
実際、同期入社の山下君は未だにこの仕事を任せてもらえないらしく、女どもとねちゃねちゃ事務的な作業をしている。
来週係長になるらしいが。
まあ、職人は言わば一人一人が社長のようなものである。
そのように考えていた。
      
ひそひそ・・・・・・

「気持ち悪い」      

ひそひそ・・・・・・

OL達が私の事をちらちらと見ていることは、モップの毛と毛の小さい隙間から見ても明白だった。

「また女子部の連中が私を見てるな。整理券が必要か……」

常に自分が羨望の眼差しを一身に受けていたことは分かっている。
ひそひそと抱かれたいだのなんだのと勝手なことを言ってるのも気付いている。
でも彼女等の気持ちに答えてやることはできなかった。
頼まれればそういった関係をもってあげても良かったが、彼女等もあまり積極的な方ではなかったので、そういった事には到らなかった。

私が彼女等にしてあげられたことと言えば、朝夜の通勤時、満員電車の中、肘で何気なく胸をつつくくらいだろう。
一杯の女性たちのおっパイをつつくと、気持ちがイッパイになった。
8:00の急行が狙い目だ。
女学生も多いのだ。

そもそも、なぜ私がファンの娘達のうずいた気持ちに応えられなかったかというと、社のマドンナ的存在である良美ちゃんを秘かに想っていたからである。

良美ちゃんは23才、乙女座のA型で長い黒髪に笑ったときの笑くぼが素敵な娘だった。
いつも明るく、いつも可愛らしい、高嶺の花だ。

でも私には勝算があった。
今日は12回、昨日は17回、通算すると4536回も彼女と目が合っている。
これは、つまり、そういうことであろう。
そう、両想いだ。
そんな嬉し恥ずかし、なんとも言えない幸せの絶頂にいた私に事件は起こった。



「ふう、今日も疲れたな。帰りも一パイやってくか」

電車の中で良美ちゃんを見つけた私は早速彼女の隣に陣取り、ウホッウホッと咳払いをしながら胸を肘でぐりぐり突いた。
天にも昇るような気持ちで通過する景色を眺めていた。

「やっと一つになれたね」

そんな事を心の中で呟くやいなや、いきなり何ものかに肘を掴まれた。

「ウホッ?」

二人のいかつい男が出した手帳で彼らが何ものか分かった。

「はい、17:25現行犯逮捕。次の駅で降りなさい」

「え?え?何ですかこれは」

「何かはきみが一番良くわかっているね」

「よ、良美ちゃん?」

自分の身に何が起こっているのか、何が何なのか分からぬまま次の駅で引きずり降ろされた。
車内の満員の人々は冷たい視線で私を睨み、降りる間際に見知らぬおばあちゃんに大根で頭を叩かれた。
私が降ろされた電車は何事もなかったように走り去り、奇異な目で私を見る視線だけがその場に残る。
私はそのまま警察署に連行され、事情聴取をされた。


「な、何なんですか、私を誰だと思ってるんですか。私は自民党に一票入れてる者ですよっ」

「何なのかはお前が分かってるだろっ」

刑事はそう言うと、苦い顔をしながら私の肩にそっと手を置いた。

「やったんだろ」

「やってません」

「やっただろうが」

「やってません」

「やってないのか?」

「やりました」

「やっ・・・え?やったの?」

「やってません」

否認を続ける私の強い意志を重く見た警察は、世界中から優秀な犯罪心理学のスペシャリストを集めた。
そして、世界最高のインテリジェンスを持つ学者たちは、その最高の知識が詰まった心理テストを私に課した。


「えー、」第一問。好きな食物を三つ挙げなさい」

「食べ物?えー、アップルパイ、マロンパイ、パ、パイ、パイ、んふっんふっ」

「はいっ、アウトぉぉっ!」

最新医学が結集した心理テストは一問目で私を犯罪者と決め付けていた。
所詮は医学などこんなものである。
それでも私には十分すぎる自信と誇り、そして世界最高峰の知識があり、それらが自分自身を常にクールでいさせてくれた。

「いいか、目撃者もいるし、なにより現行犯でだな」

「ふっ」

「大体今までに被害にあった女性がだな」

「ふふふ」

「お前の行動はみんながだな」

「ふふ、ふふふふ、あーはっはっはっー」

「おいっ!貴様っ、何がおかしいんだっ」

「あ、すいません漫画読んでました」

「あ、え?」

「それより何なんですかさっきから、人を犯罪者みたいに。出すトコ出しましょうかっ!」 

「出しちゃだめなとこ出してるから犯罪者なんだろうが!」
         


---あれから十二年だ。   
十二年という長い間、私は否認を続けている。   
思えば長い年月であった。
桃栗三年、柿八年、私の否認は十二年。      

種だった桃や柿が成長して熟し、ちょうど食べ頃になって、ついでに朝顔を育ててもまだおつりがくる年月を、私は否認に費やしてきた。
ところで桃ってちょっとHだよね。
興奮すると自分のモップが元気になります。

失礼しました。
ただ、十二年という年月は、私をあの頃とはまったく別の人間に育て上げてくれた。
それは決して無駄なものではなかった。
            

私は現在、この知識を武器にビジネス界の頂点として、世界にその名を轟かせている。
思えば、モップにぺたぺたとラベルを張っていた頃がとても懐かしく思えてくる。
所詮、世界とは私の頭の中にあるちっぽけな丸い球でしかなかったのである。

「ふう、明日は2億円ほど動かしてみるか。ふふ、ははは、あーはっはっはっ」

私の自伝はここまでだ。
これから先の私の未来については、嫌でも新聞やテレビで知ることになるだろう。
みなさんも挫けずに、せいぜい頑張って生きて下さい。
それではよい週末を。









「先生っ、304号室の患者が一人で笑ってます」

「なに?またか。これで頭を殴って気絶させろ」

医者の手には一本のモップが握られている。
剥がれかかったラベルには丸山モップ株式会社と書かれていた。














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