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ひとつの鈴

作者:溝口智子
すべてのはじまりは、ひとつの鈴。

ひとつの鈴はふたつにわかれ、

チンと鳴る鈴はひとりの神子、キリエに。

リンと鳴る鈴はひとりの神子、エリナに。

ふたりの神子は西と東に旅立った。



西の国は砂の国。
果ても知れない砂ばかり。
キリエは鈴をチンと鳴らして子らを産み、砂の土地を与えました。
人々は砂に生きるわずかな生き物を獲って食べました。
いつもかわいた砂の土地に、人々は深い感謝と愛をそそぎました。
日々のくらしを喜びました。
日々の糧を慈しみました。
砂の上には日光があります。
あたたかな陽射し、あたたかな風。
少しの水を分け合いました。
砂の国の人々は幸せでした。


東の国は水の国。果ても知れない水ばかり。
エリナは鈴をリンと鳴らして子らを産み、水の流れを与えました。
人々はわずかな土地に生える木の実を獲って食べました。
いつもおだやかな水の流れに、人々は深い感謝と愛をそそぎました。
日々の暮らしを尊びました。
日々の糧を敬いました。
水の中には清らかさがありました。
涼しい流れ、涼しい飛沫。
少しの土地を分け合いました。
水の国の人々は幸せでした。


長い長い平和な時が過ぎました。

ある日、砂の国に、ひとりの旅人がやってきました。
旅人は水の国から来たと言いました。フードを深くかぶり、その顔は見えないのです。それでも砂の国の人々は旅人を歓迎し、少ない中から食料と水を分け与えました。

「たった、これっぽっちか」

旅人は吐き捨てるように言いました。

「水の国は豊かな国。あふれるような水がある。食料にだって事欠かない。

砂の国とはなんと貧しい国だろう。
砂の民とはなんと卑しい者だろう。

それにくらべて水の国は、尊く清く麗しい。
人々も、それはそれは素晴らしい人ばかり。
こんな砂だけの国に暮らしていては、魂は乾いて薄汚れるのだろう」

旅人の言葉に、砂の国の人々は呆然としました。
わたし達は貧しく卑しい者だったのか。
知らなかった。その不幸を。
知らなかった。富というものを。

旅人は言いました。

「こんな砂ばかりの土地にしがみついている必要はないじゃないか。
どうだ、砂の民みんなで水の国へ行って、水の民の持ち物を奪おうじゃないか。
どうせやつらは余るほど持っている。すこしくらい、いただいたってかまいやしないさ」

旅人は繰り返し、繰り返し、砂の国の民に、水の国から富を奪うことをすすめました。
最初は、とんでもないことだと恐れていた人々でしたが、何度も何度も聞いているうちに、水の国へ行ってみたいと思うようになりました。

旅人は言います。

「富をもっているのに分け与えない水の国の民は、なんと冷たいやつらだろう。まるで水そのもののようじゃないか。もっているのに分け与えないやつらは嫌なやつだ。ずるいやつだ。
そいつらが隠しているものをもらって、何が悪い?
人は助け合うべきだろう?」

砂の国の人々は、旅人の言葉を何度も何度も聞いているうちに、水の国の民を憎く思うようになりました。


砂の国には、キリエの跡継ぎの男の子がいました。
名前をシュナと言いました。
シュナは旅人にたずねました。

「水の国の人は、砂の国の者達が貧しい暮らしをしていると言っているのか?」

旅人は答えました。

「神子様、それはそうでしょう。この国の暮らしを見れば、だれだって貧しくてかわいそうだと言うでしょう」

シュナはその言葉を信じることができませんでした。
だって、水の国からだれかがやってきたのなんて、その旅人が初めてなのですから。
シュナはいぶかりながら、旅人に言いました。

「それならば水の国へ行って、その富をわれわれに分けてくれるように、頼んではくれないか。
水のように清い心を持つものならば、きっと優しく聞き入れてくれるに違いない」

旅人はニヤニヤ笑いながら聞いています。

「わかりました、神子様。俺が使いに行ってきましょう。なあに、水の民なんて単純なんですから、ちょっとおだててやればなんでも言うことをききますよ」

シュナは言います。

「なんでも言うことをきく必要なんてない。お願いして分けてもらえれば、それでいい」

しかし、シュナの言葉に砂の国の民達は反対します。

「我々を蔑む水の民にお願いなどしなくていいのです。
その富を分け与えもしないごうつくばりからは、奪ってやればいいのです」

「そんなことを言ってはいけないよ。
水の国の人たちは、きっといい人達だ。
私たちのことを話せば、わかってくれるさ」

シュナの言葉に、砂の国の民達は言葉をつつしみましたが、胸のうちは嫌な気持ちでいっぱいでした。

「それでは、俺がちょいと行って、水の国の民に話してきましょう」

そう言うと、旅人は水の国へと向かいました。


水の国についた旅人は、やはりフードもぬがず挨拶もしませんでした。
それでも水の国の民たちは旅人を歓迎しました。
ところが、旅人は言います。

「なんだ、水の国とはこんなに貧しい国なのか。砂の国とは大違いだ。
砂の国は豊かな国。太陽の恵みがふりそそぐ。食べ物だって底なしさ。
水の国とはなんと乏しい国だろう。
水の民とはなんと侘しい者だろう。

それにくらべて砂の国は、威風堂々。
人々もそれはそれは偉い人ばかり。
こんな水びたしの国に暮らしては、魂はふやけてしまうのだろう」

旅人の言葉に、水の国の人々は呆然としました。
そのようすは、砂の国の人達と同じでした。
旅人は言葉を重ね、なんどもなんども繰り返し、繰り返し、水の民に話し続けました。

どんなに砂の国が素晴らしいか。
どんなに水の国が貧しいか。

それは旅人が砂の国で語ったことを、そのまま、さかさまにした言葉でした。

砂の国は豊かで、皆ありあまる富を手にしていると繰り返し、繰り返し、話しました。
水の国が侘しい侘しいと、繰り返し、繰り返し、話しました。砂の国で話したのと、まるで同じように。
けれど、そんなこととは知らない水の国の人々は、だんだんと砂の国の人々を憎むようになりました。

水の国には、エリナの跡継ぎの女の子がいました。
名前をミウと言いました。
ミウは水の民に言います。

「砂の国の人々は、きっと私たちのことを知らないわ。私たちが困っていると知れば、きっと助けてくれるはずよ」

すると旅人は立ち上がって言いました。

「よし。じゃあ、俺が砂の国へ行って、水の国が乏しくて侘しいことを伝えてこよう。
砂の民が良いものならば、富をわけてくれるだろう」

旅人は風のような速さで走り去り、あっという間に砂の国へと戻りました。
そうして砂の国の人々のところに駆け込みました。

「大変だ! 水の国の民たちが武器を持って攻めてくるぞ! 
やつらは富を分けるどころか、砂の国のなけなしの食料も奪い取ろうとしているんだ!」

砂の国は大変な騒ぎになりました。
人々はたくさん剣を作って、手に手に剣を掲げました。
それを見てシュナが叫びます。

「みんな、騙されてはだめだ! 水の国の民は攻めてなどこない!」

砂の民はシュナの言葉を聞かず、剣を手放しません

「水の国を知らないシュナが、どうしてそんなことが言える?」

「水の民を知らないシュナが、どうしてそんなことがわかる?」

「旅人は知っているんだ、水の国を」

「旅人は知っているんだ、水の民を」

「やつらが我々を憎んでいることを!」

旅人が砂の民をそそのかします。

「ゆったり構えていたら、水の国の民に攻め込まれてしまう。そんなことにならないように、こちらから、しかけようじゃないか。
さあ、水の国へ向かって進め!
俺は水の国へ行って様子を探ってこよう」

旅人はそう言うと、風のように走って水の国へたどりつきました。

「大変だ! 砂の国のやつらが剣を持って攻めてくるぞ!」

ミウはその言葉を信用しません。

「いいえ、砂の国の民はそんなことはしません」

しかし、水の国の人々は口々に言います。

「ミウは砂の国を知らない」

「ミウは砂の民を知らない」

「旅人は知っているんだ、砂の国を!」

「槍を作って戦おう!」

水の民はミウの言葉を聞かず、たくさん槍を作って、手に手に携えました。

旅人が水の民に言います。

「さあ、攻め込もう!
うかうかしていたら砂の民がやってくるぞ!
俺が先に行って、様子をうかがってこよう」

そう言うと旅人は、風のように走っていきました。


砂の国と水の国の間には、灰色の泥ばかりの場所がありました。
旅人はそこにつくと、泥の中に身を潜め、砂の国の民と水の国の民がやってくるのを待ちました。

しばらくのち、泥の中ほどへ砂の民と水の民が、膝まで泥につかりながらやってきました。

砂の民は、水の民が持つ槍を見ました。
水の民は、砂の民が持つ剣を見ました。
二つの民はたがいに言葉も交わさず、切りかかりました。

泥が跳ねとび、民たちの腹を、胸を、顔を汚しました。
血が飛び散り、民たちの腕が、足が、頭が落ちました。

泥は血に染まり赤黒くなっていきました。
泥に潜んだ旅人のフードもどんどん赤く染まっていき、旅人はニヤニヤと笑いました。しかし、誰もそれに気がつきません。

「みんな、やめて!やめて!」

砂の民の後を追ってきたシュナが叫びます。

「みんな、やめて、やめて」

水の民の後を追ってきたミウが懇願します。
けれど、民たちは、二人の言葉が聞こえていないかのように戦い続けます。

泥の中から姿を現した旅人が喜びにふるえ、叫びます。

「砂の子よ、水の子よ。無駄だ、無駄だ!
やつらに声など聞こえるものか。血の味を知ったこの者らに!
疑い、恐れ、狂喜することを知った者らに」

「そうさせたのは誰だ?疑うことを知らない人達だったのに」

「そうさせたのは誰よ?分け合うことを知る人達だったのに」

シュナとミウはそう言うと懐から鈴を取り出しました。
チンチン、リンリンとふたつの鈴は鳴り響きます。

チンチンチンと鳴るたびに鈴から砂が湧き出ます。
リンリンリンと鳴るたびに鈴から水が湧き出ます。
砂が泥を押し固めます。
水が泥を押し流します。

「やめろ、やめろ! 私の泥だ! 私の泥だ!」

シュナが言います。

「いいや、これは砂の国の人々の血。おまえのために流された大事な血」

ミウも言います。

「いいえ、これは水の国の人達の血。あなたのために流された貴重な血」

「違う、俺のものだ、すべて俺のものだ、誰にも渡すものか!
砂の国も、水の国も、俺のものだ!」

旅人は今やもう、その姿を保ってはいません。砂に固められ、水に流され、足から腰はすでに消えています。

「いやだ、いやだ、俺は全部が欲しい。ぜんぶおれのものにするんだ」

そう言う口も流されて消え、とうとうフードも消えてなくなりました。


泥だらけだったその場所は、今は砂と水が交わるところになっていました。
戦い争っていた人々は、ぽかんとして自分の足を洗う水を、自分の手に触れる砂を見ました。
血はすべて洗い流され、切り落とされた体は砂に埋まっていました。
もう誰も、誰かを憎んではいません。
ただ、悲しみました。
失った友人を、失った家族を、失った恋人を思って悲しみました。

その悲しみを見たシュナとミウは鈴を合わせ鳴らしました。
チンリン、チンリン、チンリン。

それは始まりの音。砂と水が産まれ、人の子が産まれた時に、最初に聞いた音。

人々は、これが始まりなのだと知りました。
砂の国と水の国の時は終わり、ひとつの鈴の時代が始まったのだと。

人はみな、知りました。

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