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婚約者は、私の妹に恋をする 作者:はなぶさ

二度目は。

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二度目の人生で、私が失った選択肢の中に「安寧」というものがあった。

私はソレイルに関してだけは嫉妬深く激情に走る愚かな女に成り下がったけれど、本来は、争い事を好む人間ではない。言葉数も少なく、弁がたつほうでもなく、誰かの前に立つよりも、誰かの後ろに下がって守られているほうが性に合う。
それは貴族の令嬢として生まれ育ったのであれば、当然の性質と言えるだろう。
常に護衛が張り付き、自らが行動するよりも前に侍女が察して先手を打つ。有事の際は他の誰よりもその命が優先され、父親なり夫なりに守られてしかるべきだし、その大きな背はその為にあるのだと信じて疑わなかった。

けれど、ソレイルは、自分の妻にそんなものは望まなかった。
あれほどにか弱い存在に恋をした為か、それとも、侯爵家夫人にそういう姿を求めていたのか分からないが、私が弱い存在であることを決して許さなかった。
結婚してからは特にそうだったと思う。
正しい夫の姿として、優しい言葉で妻を労っておきながら、例えば私が本当に肩を貸して欲しいと言ったなら、彼は、どこか落胆した様子を見せた。

だから私は、いつも、誰より強い女でなければならなかった。

一度目の私は、多分、ただの女だった。そこらへんの、どこにでもいるような女だ。
次代の侯爵家夫人としての素養はあったかもしれないが、言えば、それだけの女だったとも言える。
その他の面においては、自分でも情けないと思えるほどに普通の女だった。
だからこそ、ソレイルに近づく女性たちに悪態を付いたりケンカ越しに接したり、それこそ良くない手段を使って遠ざけるような真似をしたのだ。
弱い犬ほどよく吠えるとは、まさしく私のことだった。
ソレイルの婚約者という立場に縋っていたのも、そういう理由からだったと思う。
地味な灰色の髪、ぱっとしない相貌、だけど伯爵家の娘としての矜持は捨てられず、ソレイルへの想いだけをよすがに、私はいつだって人生という奔流の中で立ち尽くしていた。
だからこそ、それこそ血反吐を吐く思いで努力を重ねたのだ。
そうしなければ、ただ立っていることさえ難しかったから。

―――――そんな風に、一度目の私を省みたときに思うことがある。
全ては私が、弱い人間だったからこそ起こったことなのではないかと。
心の弱い、何も持っていない娘だからこそ、私を貶めようとする人間に付け入る隙を与えてしまった。
そんな風だから、身内殺しの罪をきせられて牢獄の中で命を落とすことになったのだ。

これが二度目の人生だと知ったとき、今度こそうまくやらなければと、そう思った。
張りぼてでも良い。張子の虎でも何でも。
他人から見て、私がまさしく虎であれば、襲い掛かろうとする人間はいなくなるだろう。

牢獄で命を落とすような、そんな人生にはしたくなかった。
愛する人に信じてもらえず、家族にさえ見限られ、友人だと思っていた人たちは獄に繋がれた私を見向きもしなかった。
ただ、祈りを捧げるしかない哀れな女に言葉一つ、掛けてはくれなかったのだ。
嘘でも良い。誰か一人でも「助ける」と言ってくれれば、私はそれだけで救われたのに。
そんなたった一言を、ただ、ひたすらに待っていた私は、哀れで情けなくてどうしようもなく惨めで。何より、愚かだった。

だから、二度目の私は、ありとあらゆる策を講じ、使える手は全て使った。
誰かに卑怯だとそしられても、女のくせにと蔑まれても、絶対に妥協せず、次代の侯爵家夫人という立場を大いに利用した。
婚約者時代もそうだったし、結婚してからはそれに輪をかけて、周囲を圧倒するほどの権力で自らの地盤を固めていった。
ソレイルの婚約者として、幼少期から築いてきた人脈も、少なからず助けになった。
一度目の私は、馬鹿みたいに真っ直ぐで、誰かを利用することなんて思いつきもしなかった。
だから、2度目の私は躊躇うこともしなかった。
躊躇うことなど、あってはならないことだったのだ。
彼らも、私個人の為ではなく、侯爵家の為ならと尽力を惜しまずに手を貸してくれたし、また、必要とあれば私も手を差し出した。

―――――最初の人生で見落としてきたものが、恐ろしいほどにはっきりと見えていた。
どんな言葉を選べば相手が好意を抱いてくれるか、どんな態度を取れば相手に良い印象を与えられるか、常に一手先を読みとって、イリアという人間を作り上げていった。
誰かと相対するときには、さりげない仕草、口調、言葉尻、表情、視線、まばたきの回数、眼球の揺れに至るまで、私は昆虫を描写でもするかのように観察した。そうすれば、おのずと、誰が自分を裏切るのか、もしくは、裏切ろうとしているのかが手に取るように分かったから。
その中で、信頼できる人間とそうでない人間をきっちり線引きして振り分けた。

時には、ただ疑わしいというそれだけで、誰かを断罪することもあった。

私には、いや、私の背景には、それを可能とする「力」が存在していたから。
初めの人生で、自分がされたことを、他の誰かにすることになると分かっていても自分を止めることはできなかった。
油断することが、すなわち、死に繋がることが分かっていたのだ。
他人を追い詰めることに、罪悪感を抱きながら、それでも自分自身を守り抜く必要があった。
もしも、1度目のときと同じように、私が何かの罪を負わされたなら、ソレイルも両親も、懇意にしていた友人だってあっさりと私を見限るに違いないと知っていたから。
私は、そんな風にただひたすらに力を求め、ごくごく微細な疑惑を全て刈り取り、踏み潰した。

ソレイルは、ただ、それを黙認していた。
私の成すことが、結婚前にやっていたような、嫉妬からくる幼稚なものではないことを知っていたのだろう。
彼だって、貴族の一員なのだ。
綺麗事だけでは「家」を支えられないことを理解していた。

その手駒として、妻に、私を選んだのだから。

『君は恐ろしい女だな』と誰かが言う。
敵には回したくないと苦笑して、その目はどこかで、そんな女を否定している。

だけど、ソレイルだけは私の手を握って、それで良いのだと言ってくれた。
自分が不在のときも、安心して家を任せられると、

―――――イリアのような女性を妻にして、良かったと、そう言って微笑むのだ。

だから、私は自分に言い聞かせる。
これで良い。これで間違いない。これが、正しい道なのだ。

この道を行けば、そうすれば、シルビアは死なないのだと何度も何度も自分に言い聞かせる。

シルビアを守る為に、その為に、私は今度こそ本当に最善を尽くさなければならない。
強くなければ。
誰からも恐れられる存在でなければ。
それがいくら、自分が本当に望む姿ではなかったとしても。
ソレイルが恋をしたあの子とは、全く違う存在になろうとも。

そして、結婚して3年目の初夏。
運命の日が再び訪れた。

2度目の人生では、あの日シルビアを襲ったはずの強盗団は既に捕縛されていた。
そうなるように仕向けたのは私だ。
襲われるのが分かっていながらただ手をこまねいているような真似はできなかったから、手持ちの札を全部使って、組織を壊滅に追い込んだ。
捕縛された彼らは、まさかそんなことになるとは思いもよらなかったのだろう。唖然とした顔をしていた。その顔を見るにつけ、あのシルビア襲撃事件は、本当にただの成り行きだったことが分かる。
少なくとも、捕縛された段階では、伯爵家の馬車を襲う計画などはたてられていなかった。
つまり、あの事件自体は、たまたま偶然あの日に発生しただけで、もちろんシルビアが狙われたわけでもなかったのだ。
私を陥れようとした人間が、あの事件を有効活用したに過ぎない。

そうやって考えれば、強盗団が捕縛された以上、シルビアは死なない可能性が高い。

だけど、それでも安全だとは言い切れなかった。
ああいう凶事というのは何をきっかけにして発生するのか分からないから。
シルビアには外出しないようによくよく言い含め、秘密裏に護衛を配備して、あの子を守る為に手を尽くした。

流れを変えなければ。
ただ、そう思った。

シルビアが殺害される未来。私が罪人として捕らわれる未来。ソレイルが私に背を向ける未来。
終幕に向かう大きな流れを、変えなければ。

当日は、念のためにと、ソレイルを実家に向かわせた。私が行っても良かったのだが、何かあったとき、まともに動くこともできない女が二人いたって邪魔になるだけだ。
シルビアに関して、信頼できる人間を一人挙げるとすればソレイルをおいて他にはいない。
行かせたくない、シルビアとソレイルを会わせたくない。そうは思っても、その日だけはどうしても、他の人間をあの子の元に向かわせることはできなかった。
最近、シルビアの体調が芳しくないから自分の代わりに傍についていて欲しいといえば、ソレイルは何の疑いもなく肯いた。
ほんの少し、僅かに緩んだその口元には目を塞いで、妹を頼みますと頭を下げる。
下げた視線の先、組んだ自分の両手が震えていた。
何の震えなのかわからない。
緊張なのか、不安なのか。
とっさに、ソレイルには気づかれないようにしなければ。そう思った。
気づかれていたらどうしよう。何て言い訳しよう。
そう思って、顔を上げたのだが、

―――――彼は私のことなど見てもいなかった。

私の顔を確かに映しているはずなのに、どこか遠くを見ている。
これから会いに行く、シルビアのことを考えているのだろうか。

でも、それでも良い。
だって私は間違っていない。間違っていないのだ。
両手の震えが収まらないとしても。
ソレイルがそれに、気づくことさえなくても。

あの子さえ死ななければ、それで良い。
今日は。今日のところは。今日だけは。私は寛容でいるべきなのだ。

そして、その日は、いつもと変わらない一日として平穏無事に過ぎ去った。
シルビアは無事で、何事もなかった。
彼女は屋敷から出なかったようだし外出もしなかった。
私はとうとうやり遂げたのだ。

良かった、本当に、良かった。私のしたことは無駄ではなかった。

私は、その日の夜、一人で泣き伏した。

悲劇的に終わった自分の運命から、やっと開放されたような気分で。
皆無事だったのだと叫びだしたいような気分で、嗚咽を抑えることもなく涙を零した。

夕方には戻ると言ったソレイルが、夜中になっても戻らなかったことには気づかないフリをして。 


―――――そして、一度目の人生で失ってしまった時間は、私の元に戻ってきた。

新しい自分になるのだと、これから本当の人生が始まるのだと、本気でそう信じていた。
期待と希望は、これからの人生に輝きを与えてくれるのだと、そう、思い込んでいた。
ソレイルは今もまだ私の傍に居て、夫の役目を果たしてくれている。
私はこれから先、ずっとソレイルの隣にいられるのだ。

そうだ、そろそろ子供を持つのも良いかもしれない。
私の本来の役目は後継者を生み、育てることだ。
ソレイルはきっと良い父親になるだろうし、私だって、良い母親になる。
そうだ、それが良い。
家族を持とう。家族になろう。

今度こそ、本当に、ソレイルと結ばれるのだ。

私は、そんな夢を、見た。
幸福な、夢を。

どうしようもない、夢を。























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