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婚約者は、私の妹に恋をする 作者:はなぶさ

はじまりは。

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1

もしも君の言っていることが本当だとしたら、どうして君だけなのだろうね?
どうして君だけが、同じ時を繰り返すのだろうね?

**********************************


なぜ、なぜ、なぜ

記憶が蘇った後の私は、その後の人生をこの言葉に支配される。
繰り返す度に、少しずつ、どこかが何かが違っているのに、私の婚約者は必ず妹に恋をする。
そして私もまた、婚約者に恋をする。
それはどうしても変えられない。
全ての出来事がそこに起因する。
それだというのに、それだけがどうしても変えられない事実として存在する。

自身が、何度も同じ時間を繰り返していることに気づくのは、いつだってあの茶会の後なのだ。
婚約者と妹が、もしも、出会っていなかったとすれば運命は違う方向に動いたのかもしれない。
だけど、まるで、そうあることが必然であるかのように、二人はあの茶会で運命の出会いを果たす。
それを手引きするのが、彼に恋をしている私自身なのだから、笑いさえ起きない。
防ごうにも、防ぎようの無い出来事なのだ。

二人は出会い、恋に落ちる。
初めは片恋だと思っていたようだけど、やがて、自分たちは相思相愛だと気づき、誰にも悟られないようにそっと想いを伝え合う。
私は、そうやって想いを育て始める二人を、一番近くで、見つめていた。
いや、見せ付けられていたと言ってもいいだろう。
私がいなければ出会わなかった二人。だけど、私がいるから結ばれない二人。

最初の人生では、それこそ、地獄だった。

婚約者と妹を引き合わせた茶会で失態を犯した私を見るソレイルの目は、すっかり色を失っていた。
それまでも、私は、ソレイルに近づくありとあらゆる女性を厳しい言葉でけん制していて、その度に彼は苦言を呈していたのだ。
『そんなことをしても私の為にはならないし、君の為にもならないよ』と。
それにも関わらず、私はやめなかった。
その上での、あの、茶会だ。

『ソレイル様に色目を使わないで』『か弱いフリをしてなんて酷い子なの』『私からソレイル様を奪うのね』

泣きながら、ほとんど喚きながら、思いつく限りの暴言を口にした。
その姿は、いっそ醜悪だと言っていいだろう。
実際、茶会でも一幕を耳にした両親は『何て恥ずかしいことを』と、私を殴りつけんばかりの勢いでいかり、ソレイルにも頭を下げた。
一瞬で妹のことを見初め、未だその熱が冷めない目をしていた彼も、両親の謝罪を受け入れながら、妹に対して暴言の限りを尽くした私のことを心底、厭わしいと感じたようだった。

けれど、賢い彼は、そのことを態度に出すようなことはしなかった。

なぜなら、私とソレイルの結婚はすでに決まっていたことで、くつがえすことがなかなか難しい状況であったからだ。

私は、ソレイルの伴侶となるべく育てられていていて、それはつまり領地を治める為の勉強をしてきたということであった。一朝一夕ではできない。歴史を学び、土地を学び、人を知り、経営を学ぶ。語学を修め、数字を覚え、社会情勢に通じる。
男性でも根を上げるようなことを、家格が合わないと嘲弄を受けていたからこそ、必死に覚えた。
それこそ何年も時間をかけて、歯を食いしばってやってきたことだった。
侯爵家の女主人となるべく育てられた私であったからこそ、その役目に最も適していたのは私だったのだ。
他に適任はいない。
それは、誰の目が見ても明らかだった。

それに何より、私が、ソレイルのことを好きだという事実が、この関係の破綻を最も難しくしていた。
政略結婚に、初めから想いが伴うのは非常に稀である。私の周囲の人間、特に私の両親とソレイルの両親は、私がソレイルを想っているという事実を歓迎していた。
ソレイルがまさか、シルビアのことを想っているなどとは思いもよらなかったのだろう。
あの薄氷のような目は、全ての感情を覆いつくしてしまうのだ。

ソレイルだって、私のことは好ましく思っていないようだったけれど、この政略結婚は受け入れているようであった。
わざわざ破談にするようなことはせず、政治的な戦略として、私を正しく婚約者として扱った。
ソレイルは恋に落ちた普通の男だった。だけど、それと同時に領地を治める貴族でもあったのだ。
責任と義務を果たすべく、私を妻と据えることを決めていたようであった。

そもそも政略結婚とは、そういうものであったから。

ソレイルが私を見てくれないことに不満を抱いてはいたが、それでも、このときはまだ大丈夫だと思っていた。
ソレイルの婚約者としての正しい態度が、それに輪をかけたのだと思う。
結婚して、生活を共にして、領地を治め、やがては子を作り、一緒に時間を過ごしていくうちにお互いを知っていけばきっと大丈夫だと自分に言い聞かせてもいた。
好きだったのだ。
ただひたすらに好きだった。
幼い頃に抱いた気持ちが、まるで刷り込みのように心に染み付いて離れない。
だから、うまくいかないかもしれないということは想像さえしたくなかった。

そして、私とソレイルは結婚したのだった。

私が18歳、ソレイルは20歳、シルビアは17歳だった。
私が学院を卒業すると同時に結婚したのだ。
茶会で、ソレイルとシルビアが顔を合わせてから2年が経過していた。
ソレイルはそのとき、騎士としてやっと一人前と認められたところで非常に忙しくしていて領地に帰ることもなかなか難しい状況だった。
そのことがまた、私の目を曇らせたのだと思う。
そのときの私とソレイルは、傍目から見れば決して険悪ではなく、私もまたそうだと思っていた。
冷たくされたわけでもなく、言葉を交わせば、優しい言葉を掛けてくれる。
彼はいつも、婚約者として正しくあったので、結婚した後もやはり正しい夫であった。
妻を、妻として扱った。
疲れている様子を見せれば「大丈夫か?」と声を掛けてくれるし、少し休めば良いと労わってくれる。
相談すれば親身になって考えてくれるし、悩んでいれば助言もくれた。
忙しさの合間に、垣間見える優しさに惑われてしまった。

良い夫だった。
まるで、絵に描いたようなごく普通の「夫」としての正しい姿を見せていた。

そうやって、1年が過ぎ、2年が過ぎた。
その頃になると、私は段々と気づき始めていた。
彼のその目には、全く、温度がないことに。

言葉も態度も、騎士らしく紳士的で優しい夫ではあった。
まるで「夫」の見本のような。
そう、見本、だ。
いつからか「こうすれば妻は大人なしくしているだろう」「こう言えば妻は黙っているだろう」そんな彼の態度が透けて見えるようになった。
それが分かったのは多分、ソレイルの妹に向ける目と仕草と態度を目の当たりにしたからだと思う。

家族というのは本当に厄介なもので。
距離を測ることはできても、縁を切ることはできない。
特に貴族に生まれていては。
表向きだけでも仲良くしていなければならない。
不穏な噂が「家」に不利益をこうむるとも限らないからだ。
だから、私たちは、一度目の茶会以降も何度か顔を合わせて親交を深めようと努力した。
いや、本当に努力が必要なのは私だけだったのだが。
私はいつも、失敗に終わった1度目の茶会の埋め合わせをするように、半ば強制的にテーブルに座らされていた。

そうやって開かれる茶会では、私は、目と目を合わせるソレイルとシルビアのすぐ傍にいて、彼らを見つめながらテーブルの下で両手を握り締めていた。
絶対に、最初のときのような失態を犯してはならないと自分に言い聞かせて。
茶会が始まる前には、ソレイルが必ず、妹を大切しておあげなさいと優しく説いたから。
正しい夫を演じるソレイルの前で、私も、正しい妻を演じなければならなかった。
そうすれば、彼の目が、こちらを向いてくれると信じていた。

そんなはずはないのに。

ソレイルの長い指が妹の触れれば崩れてしまいそうに細い銀髪に触れる。
くすぐったそうに笑う妹。
花びらが付いていたと、白々しく、だけど優しく微笑む、その形の良い唇。
目を、閉じてしまうことができたなら、一刻も早くそうしていた。
だけど、そうできない事情があった。
私は、ソレイルの妻だったから。

『妹に優しくしてくださってありがとう』と、笑みを作るしなかった。
そうすればいつも、ソレイルは『あたりまえのことだよ』と冷たい目をして微笑む。
『私たちは家族なんだから、あたりまえのことだよ』と。

そんな私たちを見て『お姉さまは幸せですわね。優しい旦那様がいて』と、妹が無邪気な顔をして、ぽつりとこぼす。

だけど、その目に羨望と嫉妬が混じっていることを知っていた。
体が弱く、子を産むことが難しい彼女には未だに婚約者さえいなかったから。
彼女の目には、自分が得られないものを姉である私が全て持っているように映っていたのだろう。
笑って誤魔化すことしかできない私を、妹はどんな風に思っていたのだろうか。

侯爵家の妻という地位も名誉も財産も、騎士として頭角を表していた夫も持っていた私は、傍からみればさぞかし恵まれた人間に見えただろう。
そうだ、それらは、私が自ら望んで手にしたものだ。

だって私は、「侯爵家」に嫁いだのだから。
そうなるべく育てられたのだから。
だから、気づかなかった私が愚かだったのだろう。

私は、ソレイルに嫁いだわけではなかったのだ。

『お姉さまは、幸せね』

そう言った妹の声が、ずっと響いて離れない。



―――――そして、そんな風に3年の時を過ごした頃のこと。

突然、妹は死んだ。

体の弱い彼女であれば、死ぬとすれば病死であろうと誰もが思っていた。
けれど、実際は、息抜きにと街へ観劇に出た帰りに襲われたことによる強盗殺人だった。

その知らせが届いたとき、私とソレイルは二人きりで夕食を共にしていた。
それは、仕事が忙しく中々屋敷に帰れないソレイルに私が提案したことだった。
たまには、二人きりで食事ができるように時間をとってください、と。
3年経つのに、子供が授かる兆しのない私に、段々周囲の目は厳しくなっていたから、ソレイルは気を遣ったのかもしれない。
私の目を真っ直ぐ見て肯いてくれたのだ。

あまり会話のない食事だった。
だけど、私は満足していた。
愛する人の顔を見ながら食事ができる喜びをかみ締めていた。

そんな、どうともない普通の食事風景に差す、真っ黒な影。

家令がそっとソレイルに耳内する。
仕事のことだろうかと、その様子を見守っていた私に、ソレイルは今まで見たこともない目を向けてきた。
真っ黒な、穴のような、全ての感情をそぎ落としたような、憎しみよりももっと深い、闇をそのまま映しこんだような眼差しだった。

『君か』

何が起こったわからない私に、ソレイルはこう言った。
テーブルに並べられていた夕食を片手で払いのけ、蒼白な顔をこちらに向け、

『君が、やったのか』

静かに、だけど、はっきりとそう言った。

突然、そんなことを言われても何が何だか分からない。
肯定も否定もできずに、ただ、その向けられたまなざしにおののいていると、それを肯定と受け取ったのかソレイルはおもむろに食卓のナイフを手にとった。

『旦那様!!!』

もしも、もしもあのとき、家令が止めていなければ私は確実に殺されていた。
恐怖に震え、テーブルの足元に崩れ落ちた私に夫が言う。

『―――――君が、シルビアを殺したんだな』








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