#9押入れの星
ピチピチという鳥の囀る声で目が覚めた。
頭の中はスッキリしていて、何だか昨日の夜悩んだと言う感覚など微塵も無い。実に爽快な気分だ。
隣に眠っていたはずの亜希子さんは、先に起きたらしく布団はもう、片付けられている。朝御飯のために、亜希子さんは大忙しなのであろう。そんな事を考えて、今日ハッキリとさせなければならないと言う意欲で一杯であった。
「おはようございます〜」
あたしは、着替えると直ぐに洗面台に行き顔を洗った。そして、キッチンへと足を伸ばす。
お味噌汁の具を亜希子さんが大鍋に入れている所だった。
「あら、早いのね?葵ちゃん、おはよう〜」
亜希子さんは、何も変わりがなかった。昨日と全く同じように接してくる。出逢って三日目。考えてみれば殆ど初対面なんだけど、昔からあたしと言う存在を認めているかのような対応。だからまた安心できた。
「昨日の夜、色々考えてみました。初めは寝るコト出来ないくらい悩むのかなって思ってたんですが、亜希子さんの言葉で、自分で選ぶ事が出来ました」
そう言ったあたしの顔は晴れやかだったので、亜希子さんは、
「そう。良かったわね〜で、どちらを選んだの?」
きっと、亜希子さんは判ってるのであろう。訊くまでも無いけど、訊いてみようかしら?と言う無邪気な微笑をあたしに返してきた。
「はい!延光君達と一緒に旅行しようと思います!」
まるで、これでは宣言だな〜なんて返事だったけど、
「そうね。それが良いわ?」
と、亜希子さんは、また子供のような笑顔であたしに笑いかけた。あたしにはその言葉だけで十分であった。
「あ、あたし、何か手伝いましょうか?」
早く起きた事だし、あたしも何か手伝いたい気分。亜希子さんに助言して頂いた御礼もあるしね。
「あら、お願いできるかしら?そうね〜今お味噌汁の方終わるから、今冷ましている卵焼きを切って貰えるかな?あ、包丁気をつけてね?」
亜希子さんは、助かるわ〜と言いながら隣のコンロに水を張った大鍋を置いた。
「何作るんですか?」
あたしは問いかけた。
「ほうれん草の和え物よ。ほうれん草は身体に良いの。茹でてからゴマと和えようかな〜と思ってね?」
そうか。そう言えば、此処に来た夕方もほうれん草のおひたし食べたな〜なんて思った。この家ではほうれん草は付き物なんだ。何て納得したり。
しかし、亜希子さんって器用なのよね。この歳で、って言いながら実際の歳はわからないけど……和風の料理を作るのが得意だな〜なんて思う。味付けもあたしの口に合うし。
ってのは、うちの母が洋食派だからそう思うのかも?家で、こういった物は一切作らないな〜考えてみたら。カレーとか、ハンバーグとかばかり。というのも、子供のあたしの口に合うように?って配慮がその背景に有るのかも知れないけれど……実際、母が何を考えて料理を作ってるかなんて知りはしない。
それに、あたしは余りキッチンに立ったことがない。母は手伝って?なんて事は自分からは言わない。専業主婦だからか?それとも、あたしにキッチンに立たせたくないからなのか?全くと言って無い。
だから、あたしは学校の授業でしか包丁を扱ったことは無い。で、家庭科の成績も余り芳しい物はなかったり。唯一、洗い物くらいは完璧に出来るぐらいだ。
もし、旅行を終えて、この一ヶ月を終えて、家に戻ったら、母に問いかけてみようと思う。母の事、そんなに理解出来てない自分にまた一つ課題が出来たな。そんな事を考えてしまった。
「この位の幅で良いですか?」
あたしは、亜希子さんに切った卵焼きを見せた。
「うん。大丈夫だよ〜均等に切れてて良いよ。口に入れるサイズ的にもバッチシ!」
そう言いながら、亜希子さんは、鍋にほうれん草を入れていた。
「じゃあ、人数分のお皿に盛り付けてくれる?お皿はそこの水屋に有るから。小皿で良いわ。そうね、二段目の棚に有るので良いよ。いつも使ってるし」
人数分。って言葉で一体何人この家にいるのか?考えた。まず大人が二人。子供が、延光に、隆に、優香ちゃんに、鈴音ちゃん。浩二に凛に涼。の九人か。
「九人ですね?」
あたしは指を折って数えた。そう九人。
「何言ってるのよ〜葵ちゃん、自分をちゃんと入れた?」
その言葉に、と自分を忘れていた訳で……
「そうですね。十人ですね?」
あたしは、自分を入れ忘れていることに気が付き、情けなく笑った。亜希子さんは、自分がいつも作ってる人数を理解してるから、あたしが自分を入れるのを忘れてるんだと思ったんだろう。
「葵ちゃんは、面白い子ね〜」
ほうれん草が茹った頃に亜希子さんはスッとそれを取り出して、クスクスと笑った。あたしは、へへっと、照れ笑いをした。
「あ、もうこんな時間!葵ちゃん!皆を起こしに行ってくれるかしら?」
七時を回った頃に、亜希子さんは大変と言った様子で、取り皿をテーブルに並べているあたしに言った。
「おばさんもですか?」
「先生は、もうちゃんと起きてらっしゃるから、子供達の方をお願いするわ!」
あ、おばさんはもう起きてるのか。此処にいないと言う事は?書斎に篭ってるのかも知れないな〜なんて思って、一階の優香ちゃん達、ちびっ子の部屋をまず覗きに行った。
一階と言う事に関して、子供達は、二階は流石に危険だからと言う配慮なんだろうと思う。
あたしも、小さい頃は一階で寝ていた。二階に部屋を移して貰ったのは、小学生になった時だった。自分の部屋が出来るとかなり喜んだ覚えありなんだよね〜何て言うのかな?大人の仲間入りって感じでしょうか?自分の部屋を持てると言うのもまた秘密基地みたいだし。或る意味凄く新鮮ですな。
そんなことを思いながら、優香ちゃん達を起こしに行く事にした。
廊下は板間になっていて、壁も木の板で出来ている。均一に窓があって、外を覗くと、それなりに大きい校庭が広がっていて、一瞬此処は施設じゃなくて、本当の幼稚園校舎って感じである。あたしはその風景を見ながら廊下の突き当たりの部屋に着いた。
亜希子さんの話だと、ここが優香ちゃん達の寝室になっているらしい。
あたしはこの中を覗いたことがなかった。
この廊下から見ると、そんなに広い部屋と言う感じはしない。こんな部屋に五人の子供達が本当に眠ってるのかしら?何て思った。
あたしは引き戸をガラッと開けた。
中は、雑魚寝状態で、布団が五人分敷き詰められてて、とても窮屈そうに感じられた。が、皆を起こして、布団を畳み終えると、ガランとした部屋がそこに在った。幅はそう無い。奥行きがあるんだなと思った。
「葵お姉ちゃん?おはよう〜」
欠伸をしながら、零れて来たまだ眠いよ〜状態の涙をゴシゴシ、パジャマの袖で拭きながら優香ちゃんはにっこり笑いかけてきた。
「おはよう。優香ちゃん。昨日はちゃんと眠れたかな?遅くまで起きてたら駄目だよ?」
「う〜ん。寝たのは早かったと思うんだけど、まだちょっと眠たいな〜って感じです〜」
あらあら。
「朝御飯、もう出来るから、着替えたら顔洗っておいでよ。皆も、早くね〜」
ゾロゾロと動き始めている子供達は、あたしの顔を見てニコッと笑った。人懐っこくて皆可愛い。此処の子達は、施設だと知っていてもこれだけ明るく生きてられるから不思議である。でも、それは、あたしにとって、良い傾向としての日常風景。この世も捨てた物じゃないと思えるのだ。
「あ、あおいおねえちゃん。りょこうはどうするの?」
あたしが引き戸を閉めようとした時、鈴音ちゃんがあたしの脚に纏わり付いてきて問いかけた。まるで、子犬のような眼差しで問いかけられたから、あたしは返事に窮した。だって、あたしは鈴音ちゃんとは違う旅行を選んでしまったのだから。
「……う〜んとね。まだ考えてないの。決めたら鈴音ちゃんのお母さんに言うつもりだから。ね?」
と、取り敢えず誤魔化しておいた。だって、この小さな手を振りほどく事が容易に出来なかったから。でも、今日皆判っちゃうんだよね?あたしは、引き戸を閉めながら頭を下げた。ごめんね?と、心の中で呟きながら。
さて、あとの二人。延光と、隆。
まず、あの子達が起きてるかどうか?この二人は、お互い違う部屋をあてがわれてるらしい。そう言う部屋に土足で入り込むと言うのもちょっと大胆かも何て思う。これが、姉弟と言うのなら全く問題ないのだけど……一応他人な訳だし?一人っ子のあたしには免疫がないわけで……って、旅行の時は?何て考えて、ちょっと頭を抱えた。今から免疫付けるべきかも?
ま、先にキッチンに戻ってみようかな?そうしたら起きて来てるかも知れないし?と思ってキッチンに戻った。
しかし、キッチンには亜希子さんの姿しか見受けられない。うむむ……やはり行くしかないか!と決心し握りこぶしを作ってあたしは、軋む木の階段を一歩ずつ上った。
階段を曲がった所で、あたしは、隆と鉢合わせた。
「あ、おはよう……今起こしに行く所だったんだけど……一人で起きたみたいで良かったわ。もう朝食の用意殆ど亜希子さん済ませてるから、支度してね?」
あたしは、ちょっと引き攣った顔でそう言ったのかも知れない。隆が、ちょっと考えるようなそぶりを見せてクスッと笑った。此処に来てから、こういう隆の笑顔を直にあたしにしたのが初めてだったから、あたしはちょっと頬を染めてしまった。
「な、何か可笑しかった?」
あたしは、気を逸らす為につっけんどんな声で膨れて見せた。
「あ、うん。困ってたんだろうな〜なんて思って。ちょっと可笑しくなっただけ。のぶちゃんは多分爆睡してると思うよ?今頃」
見抜かれてしまってたか……と思って苦笑いしてたんだけど、延光が今頃爆睡?と言う言葉を反芻してあたしは、
「ちょっと!それってまさか、寝てなくて、今頃寝ちゃったって事……じゃないわよね?」
あたしは、ゲッソリしてしまった。
「あ、多分そう。のぶちゃん、時々徹夜してるから……この時間に起きてないと言う事はその可能性大だな〜と思う。いつもボクより早く起きて起こしてくれてたりするし?」
てことは……隆の言うとおり、今頃徹夜疲れで寝てるってことか……
「あ、起こすのだったら、気をつけてね?かなり寝起き悪いから。のぶちゃん」
あたしは、その言葉を聴いて、げっそりしてしまった。どう起こせば良いんだろうか?
「何か良い方法無いかなぁ〜?」
隆なら何か知ってるかも?何て思ってあたしは縋りたい気持ちだった。
「それじゃあ……一緒に行こうかな?ボクも?」
と言ってくれて、あたしはホッと息がつけた気がする。
階段を上りきった所を右に折れ、二部屋目が延光の部屋だった。
一体どういう内装なんだろう?何て事を考えて、男の子らしく汚れてるんだろうな〜何てこと思いつつ、隆が開けた引き戸の先を拝んだ。
でも中は至って整っていた。で、注目すべきなのは、壁や天井に貼られた無数の天体?の様なポスター。机の前には、天体写真が沢山、コルクボードにピンで留められていた。
延光は天体マニアなのかしら?そう思わせるだけの部屋だった。そして、あたしは、何処に延光がいるのか?それを捜した。部屋にはいなかったからだ。
「ねえ、のぶちゃん。起きてよ〜」
あたしは、隆が何処に向かって言ってるのか判らなくて、一瞬この部屋を見回し、そして、隆の視線の先をみた。
まさか……そう、隆は、閉められた押入れに向かって声を発していたのである。
「ちょ……ちょっと、隆君?もしかして……延光君て、押入れの中で寝ているの?」
恐れ恐れ問いかけた。在り得ないよ!
「うん。そうだよ。のぶちゃんは、徹夜した時は大体押入れで寝てる」
「何で!」
何でと言われても……判らない。みたいな隆の表情だったが、
「多分、のぶちゃんは押入れが、好きなんだと思う」
「は?」
訳が判りません。って。隆ももっと、不思議に思えよ!思わず突っ込みを入れたくなったり。
でも次の瞬間、
「のぶちゃん開けるよ〜」
と、隆は押入れの襖をそっと開いた。何……これは?
ほんの少し開いた時点で、光が中から溢れ出た。そして、収まる。何があったのか、あたしは不思議で仕方なかった。ので、襖の中を思いっきり覗き込んだ。異様な好奇心と言う物だと自分でも思う。
「………眠い。あっと!」
延光が、あたしの顔が目の前にあったので驚いたんだろう。ガバッと起き上がり、頭を天井にぶつけ抱え込んで落ち着いた。
あたしも、初め何が起きたのか、判らなかったけど、ふと気がついて、バッと後ろに引き下がった。
「起きた?のぶちゃん?」
頭大丈夫?とは訊かずに、隆は笑いを押し殺して起きたかどうか?を問いかけた。
「これで起きんかったら、どんな人間や!隆〜の、ボケ〜!」
って、あたしを非難している訳ではなさそうだ。あたしは、隆の影から、
「ごめん……大丈夫?」
って問いかけた。
「あ、うん。平気や……別に葵っちが悪い訳や無いから、気にすんなや?」
「ほう、ほう」
隆が茶々を入れてきた。が、あたしは、さっきの光が何なのか?それに心が揺れてて、思わず問いかけてしまった。
「ねえ、ねえ?さっき、光が中から溢れたんだけど!何?」
そうすると、ああ、と言う表情をして、
「これか?」
と何だか凸凹した球体の……そうそう、言うなれば地球儀みたいな物体を、押入れの奥から取り出して、延光があたしに手渡した。
「何?これ……」
あたしは、間の抜けた声で訊いた。
「ああ、これが何かわかんないんや?これはな……あ、そうや、隆も一緒に中に入りいや?勿論葵っちも!」
と言う事で、説明は抜き!みたいな表情で延光は、狭い押入れにあたしの手を引き、引きずり込んだ。全く強引で、マイペースな奴だなと思う。
中に隆も入った所で、襖を閉めた。暗いな〜と思ったけど、暫くして延光がさっきの地球儀みたいなもののスイッチを入れた。その瞬間、あたしは幻想的な気分に襲われた。
「な?判ったか?プラネタリウムやねん!」
狭い空間に、キラキラと光が散りばめられていた。何て言うんだろう?こんな星空を見た事なんて無いあたしには、凄く新鮮で、無限な可能性を秘めた空間を感じた。
「綺麗……」
「そやろ?これ、玩具みたいな物やけど、オレ、頑張って買ったんや。此処ってそう田舎と言う訳や無いしな。こんな星空拝めんやん?気休めやけど、これで満足やったり」
そう言って、延光は狭い押入れの天井に映った星空を眺めていた。
「のぶちゃん。押入れじゃなくても、部屋に暗幕つけてそれ使ったら良いのに?」
あたしは、そんな事を考えていた隆に、確かに広い空間の方が良いんじゃないかって、思った。
「それも考えたんやけど、押入れの方が、秘密もっとる様で良いやん?秘密基地みたいでな?」
それも一理有る。あたしは思わず自分の事のように眉間に皺を寄せてムムムと唸った。
「さて、あんま寝れんかったけど、そろそろ起きるとするわ。明日には、旅行開始やしな?その事考えてたら、寝れんかったわ……」
その言葉を聴いたあたしは、先の考え事をしてて、うっかり言葉を見落とすところだった。
「……?ちょっと、待って?延光君達って、明日から行くの!」
確かに亜希子さん達一行は、明日から出発って事だったけど、延光達が明日ってのは聴いてなかった。それに、どうするって話が出たのは、少なくても二日前……
かなり焦ってあたしが問いかけたので、
「葵ちゃんには、話さなかった?かな……亜希子さん達と同じ日に旅行に出かけると言う事にしたんだよ」
聴いてないよ!んじゃ、もう、延光や隆は旅行支度を始めてるって事?
「いつまで?って言うのは、延光がまだ考えてないから、判らないんだけれどね?」
って落ち着いている隆も隆だよ……
延光の事だから、とんでもない事考えて、その果ての旅行って事になるんじゃないの?あたしの背中に冷ややかな汗が伝った。
「あ、そう言えば、葵っちはどっちの方に行くん?もう考え終えたん?」
ええ。考えましたともさ。でも、かなり不安だよ……あんたと一緒と言うのがさ!ブチブチ言いたくなったけど、
「延光君達と一緒に行く事にした」
とハッキリ言った。
「……けど、ちょっと不安だよ。ちゃんと旅行出来る?って、あたしが言える立場じゃ無いけどね?」
一度失敗してますから?あたしは……
「そっか。オレらと一緒っちゅうことかい。歓迎するし、無茶な事は……」
で、止まった。何が言いたいんだ?
「ま、何とかなると思うから、葵ちゃんは安心してて?」
隆が言い添えた。不安材料は残るけど、この隆が一緒なら、旅行は無事終えれるか?と、心のどこかで心配事有りのあたしは、自分を納得させておいた。
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