#6団欒
夕飯は結局七時半頃に始まった。
こんな大勢で食べる夕飯なんて初めてだった。
あたしの家は三人家族。そうあたしは一人っ子である。親戚の家は余り訪れる機会もなく、従兄弟と会話を交わしたのも余り覚えが無い。血筋関係と言う物に無縁だった。
だから、この夕飯は不思議な感覚だ。これから一ヶ月こんな風に過ぎていくのかなぁ〜なんて考えると、とても心が和む。つまり、あたしはこういうのを望んでいた事になる。
「えと、葵……お姉ちゃん?一ヶ月だけなの?」
と、優香ちゃんが訊いてきた。この子は目が丸くって大きくて、五人の子供の中で一番人懐っこい感じの子である。多分、延光と隆の次にお姉ちゃんではなかろうか?実際歳を訊いてないからあくまで想像だけど。
「うん。そうなの。短い期間だけど宜しくね?優香ちゃんは、あたしが居て不満?大丈夫かな?」
「そんな事無いよ!家族は多い方が楽しいもん!わたしね、歳の近いお姉ちゃんって呼べる人欲しかったんだ〜えへ」
お茶碗を持って、自分の頭を小突く優香ちゃんの仕草は可愛かった。あたしも欲しかったよ妹。心で唱えてると、
「あおいおねえちゃん。わたしもうれしいよ?ゆうかおねえちゃんって、ときどきいじわるするからきらい……」
おいおい〜。鈴音ちゃんは言った。この子が一番年下なのかも知れないな。色白でほっそりとした身体からは考えられない一言が飛び出した。嫌いって……
「でも、なかがわるいわけじゃないんよ?ゆうかおねえちゃんはじこしゅちょうがつよいからこうなるだけだから、ね、ゆうかおねえちゃん?」
「そう言うこと!」
おおっと、こんな幼い鈴音ちゃんが自己主張って言葉を知ってるとは……しかも、それを理解した上で、優香ちゃんと会話をしている?中学生も敵いませんわ。
お隣どうしで座っているこの二人の間には仲が悪いじゃなくて、どこかでちゃんと繋がってるんだと知った。うん。言葉で好き嫌いが良い合える同士って、本当は仲が良いのかも?なんて思えるくらい、この二人は心の奥底で繋がっているんだろう。目の前の二人を見てそう思った。
すると、はす向かいの方で、喧々囂々の会話が始まった。あたしは何となし気にその方を見た。
延光が熱弁を奮っていたのである。
「だからやな!オレはこの夏に、絶対四国回りをしたいねん!」
あたしの隣にいる隆はその言葉を聴いてるのか聴いてないのか?黙々とその熱弁を無視し、おかずのほうれん草のお浸しを箸で摘んで口に静かに運んでいた。
話の相手はどうやら隆では無いらしい。浩二君と、凛君、涼君であるみたいだ。
自分より歳の離れた子供相手に熱弁を奮うというのが凄く子供じみてるけど、あたしは、会話の内容に耳を傾けずにはいられなかった。
「母さんには了解とっとるんや!何か文句あるか?」
「ひで〜よ。オレら置いていく気か?延光兄ちゃんが、そんな冷酷な奴やなんて知らなんだわ!」
浩二君が箸をブンブン振り回して抗議してる。それを、
「箸は、振り回すものじゃないよ?浩二?」
と、隆が見てるのか見てないのか判らない表情で言った。
「いつから行くの?」
凛君が、ボソッと訊いた。浩二君と違って、聞き分けの良いようなどちらかと言うと、隆とよく似た雰囲気を持っている。
「せやな〜おい、隆!いつごろから行くか、考えたか?」
あ、何?隆も行くわけ?それにしては、隆ってかなり淡白な表情でいる訳で……あたしは延光だけが行くのかと思ってたからこの話に参加してないと思われる隆は、関係ないと思っていた。
「う〜ん。どうしようか……」
「隆兄ちゃんも行くの?」
言葉を濁らせている隆の言葉に、涼君が割り込んできた。涼君は、活発な延光や、浩二君寄りな感じなのに、どうやら隆に浸透してる感じで、意外だった。
「お前な〜隆!一度決断した限りは、ちゃんと最後まで考えんかい!お前のその態度って、
見てるこっちが萎えるわ〜」
と延光はお茶碗を叩き下ろす様にテーブルに置いた。
こうやって改めて見ると、自己中心的で、物事に真正面から向かう延光と、何を思っているのか理解不可能で静かな隆の全く違う個性が此処にあるんだなって思った。でも、決して仲が悪いわけではなくて、それぞれがちゃんと主張はしてると思えるから不思議だ。
「はいはい。そこ。延光と、隆?お静かに。わたくしは、許可しましたが、計画性のある旅をしなさいと言ったでしょう?まだハッキリしていないのであれば、お互いきちんと話し合いなさい。浩二、凛、涼?そう言うことだから、お兄ちゃん達は旅行する予定なの。妬くことは無いわ?あなた達は、わたくしがちゃんと旅行に連れて行ってあげますからね
?」
この家の主人の言葉で、今までのやり取りは静まり返った。流石、主だ。延光も何も文句を垂れずに、今度は違う話題を弟達に振りまく。一家団欒の席はこうやって過ぎて言った。
「ごめんなさいね?葵ちゃん。こんな寝巻きしか用意できなくて……」
お風呂に入ったあたしは、亜希子さんに手渡されたパジャマを着た。あたしの背が小さいから、袖を通してみるとブカブカだった。
「いえ。勝手にお邪魔してるのはあたしなんです。それに、服の替えが無いのもあたしが全て悪いのですから、亜希子さんにそんな事言われると、辛いです」
あの大きな鞄を、何故持ってこなかったのか?かなり悔やまれる。あれには色々とあたしの大好きな衣類が収まっていた。
だから明日、おばさんに理由を話して、岡山駅に取りに行ってこようと思っている。今そう決断できた。
「そう言ってもらえると、良かったわ。寝室は、此処しかないけど良い?私と一緒で狭くなるけど……」
亜希子さんの部屋にあたしは間借りすることになった。木造作りのこの家だけど、亜希子さんが色々改良を加えているみたい。質素だけど、モダンに感じる部屋。壁紙なども拘ってるようで、色はアイボリーを基調にしていて亜希子さんの性格を現している様に清潔感があってあたしは好きだ。
「あたし小さいですから!狭くなんて無いと思います。すみません。亜希子さんに迷惑掛けちゃって……」
二人、畳の上に敷いた布団の上に正座してまるで新婚夫婦のような挨拶をしている感じだった。そう思ってあたしはクスッと笑った。
「あ、変ですよね?こんな挨拶!」
「そうね!」
亜希子さんも笑った。きっとあたしと同じ事を考えたのかもしれないな?そんな事を考えてあたしは布団に横になった。そして電気を消す亜希子さんに言った。
「亜希子さんは、此処の人なの?え……と、おばさんを『先生』って呼んでたのを聴いたから、判らなくて……」
気を悪くするかなと思ったけど、
「先生は、あたしの小学生の時の担任だったのよ。だから、思わず今でも『先生』って呼んでたりするの。この年じゃ『お母さん』ってどうしても言えなくって」
亜希子さんは別段不快な気持ちは無いようだった。ま、この暗闇で表情を読み取ることは出来ないけど。
「葵ちゃん。先生に此処の事大体聴いてるんでしょうね?……私は、高校の時に親が離婚してから、グレちゃってね。で、先生に再会してから、ここに住むようになったの」
「亜希子さんが、グレてたんですか?」
布団に二人横になってこうやって話してるのを考えると、何だか変な気分。小学生の時の友人とお泊りごっこをした時以来の様な気がした。自分の秘密を打ち明けれる。そんな雰囲気だ。夜ってそう言う開放感って物があるのかも知れないな?なんて思う。
「そう。この私がグレてたなんて思えないかも知れないわね?めちゃくちゃだったの。あの当時は……警察沙汰までやらかしたわ。レディースのヘッドなんてやってたしね?」
そう言ってくすくす笑った。あたしはレディースって物が何なのか判らなかったけど、警察沙汰になるんだから、凄いことしてたんだろうなと思った。
「でもね、先生に再会して、話を聴いて貰って、今の私は存在するの。もし再会しなかったら、どん底の人生歩んでたと思う。って、葵ちゃんには過激かな?」
そう言って亜希子さんはふふっと笑った。
幸せだよ。という感じの笑い方だった。
「葵ちゃんも、一ヶ月間だけだけど、此処で色々見ていくと良いよ?何かが見つかると思うからね?」
そう言った亜希子さんは、布団の中にあるあたしの手をギュッと握ってきた。あたしはドキッとしたけど、それが心の触れ合いの一つだとも言えるようなものだったので、あたしはギュッと握り返した。深い眠りがあたしを包み込む。
明日の朝、あたしはおばさんの話を聴きに行かなければならない。それでも、亜希子さんの話を聴いた今、安心して眠りに就くことが出来た。
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