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夜空の三重奏
作:星河 翼



#4逃避と出逢い


 駅構内は、人で溢れている。もう何処をどう走ったかなど覚えてちゃいない。取り敢えず、逃げ出さなきゃならないと思い、それだけで頭が一杯だった。
 あたしが、駅構内から外に出て、商店街を通り抜ける頃には、もう誰もあたしを追い掛けてくる者はいなかった。あたしは、身体は小さいけど体育は得意で、五十メートル走を六秒台で走れると言う足の速さは自慢だった。それに機動力がある。だから出来たことだと思う。  
 そして商店街を抜け、ちょっとした下町っぽい所まで来た時には、流石にもう走ることが出来なくなっていた。
 仕方ないので、道端の縁の大きな石に座り込んだ。
「どうしよう……今頃、お尋ね者になって、大騒ぎになってしまってるかも知れない……
な」
 キュ〜と、お腹が鳴った。頼れる者がいない世界。本当に誰もあたしを知っている者がいない世界がここにあった。望んだことだけど、望んでない世界。こうなって初めて知った。どうにかなる!なんて事は無いのだと。
 子供なのだと思い知らされた。お金がないとどうにもならない世界が広がった。夢も希望も無い。それが今だった。
 せめて、誰か知っている者がいれば、声を掛けることが出来るのに!そう思って、道端の石の上で、脚を抱え込んで、体育座りをして、密かに泣いた。このまま誰にも知られずにお腹が減って死ぬのかな?そんな事を考えて泣いた。生きることがどんなに大変か?やっと判った気がする。
 つまり、保護下に置かれない世界。これがそれなのだとも判った。父親のいない家庭や、母親がいない家庭のグレてる子達の事を初めて判る気がした。反抗したいんじゃなくて、構って欲しいのだと。今の自分がそんな気分だから。
 誰かに声を掛けてもらいたい。気付いて欲しい。そう言う気持ちが心の中に溢れてきた。
 そんな時、一人の少年が、あたしに声を掛けてきたのである。
「どないしたの?君?」
 その子は、金髪の髪を靡かせて、あたしを不思議そうに見下ろしていた。フサフサした髪の毛が気持ちとは裏腹な快晴の陽の光の下煌いて、綺麗だった。
 よくよく見て不良か?と思った。まだあたしと同じくらいの年頃に感じるのに、耳にピアスまでして……けど、そんな事は後回しになった。何よりも、声を掛けてくれたことが嬉しかったのである。
「あんさん。泣いとるん?うち来るか?」
 でもその後の言葉が、まるで新手の軟派の様な言葉だった。でも、あたしは、もう行く所もなければ、どうすることも出来ないので、
「家は何処?」
 と問い返した。一瞬、あの新幹線の優しそうなおじさんが頭に過ぎったから慎重に越したことは無い。
「そこ。この道真っ直ぐ行って、曲がった所にあるんや」
 自転車に跨った少年は、わざわざサドルから腰を下ろしてスタンドを立てると、あたしの手を取って、立つように促した。
「まだ行くって言ってないよ。あたし……」
「大丈夫やて、今のあんた、昔のオレと同じ目しとるもん」
 どういう意味だろう?と小首を傾げたくなったけど、あたしは黙ってその少年の後を着いて行ってしまう形になってしまった。

 着いた先は、まるで、何かの施設のような感じを少し漂わせた、木造の古びた建物だった。
「子羊園?」
 あたしは、建物の門の所にある、看板を見て言葉を漏らした。
「そ、此処がオレの(うち)やねん。ええ所やで。入り〜や?」
 少年は、あたしの背中を押して、中に入るように促した。
 中は、まるで幼稚園生のお遊戯室のような内装をしていた。今日たった今まで誕生日会でも有ったかのように、折り紙で出来た輪を繋げた物があったり、薬玉(くすだま)を割った後のような、紙が散らばってたり。
「此処が家?」
「そや。あんさん。家は?」
 その質問には答えられない。だからジッと黙ってしまった。
「喋りたないんやったら、聞きとうないで。ま、ええわ。」
 すると玄関口で話しているあたし達の前に、一人の女の人が現れた。まるで、幼稚園の先生のように、おっとりとした感じの綺麗な人だった。
延光(のぶみつ)君?さっき出て行ったんとちゃうん?
あら、お友達?初めまして!此処散らかっとるけど、ごめんなさいね?」
「母さんは?もう、出かけてもうた?」
「先生なら、さっき延光君と同じ位の時間に出かけられたわ。会わなんだ?」
「うにゃ、みいひんかったわ。まあええわ。あんがとさん」
 どうやら、この少年は、延光と言うらしい。で、この女の人は、お姉さん?にしては、歳が離れすぎてるよね?なんて人間観察をしてしまった。
 お母さんと呼ばれるその人を、この女の人は『先生』と呼んでる辺り、此処は学校(幼稚園)なのかも知れない。
「延光君て言うんだ?」
 あたしは、問いかけた。
須藤(すどう)延光(のぶみつ)って言うんよ。延光でええ。あんさんの名前は?」
「あたしは……葵」
 思わず応えてしまった。でも、流石に苗字は名乗らずにおいた。
「葵ちゃんって言うんや。よろしゅうな?」
 延光は笑ってそう言った。特に気分を害してるようには見えなかったので、ホッとした。
「今の人は誰?」
 気になったので、訊いてみた。
「ん?亜希子さんのこと?オレの姉さんみたいな存在」
 みたいな存在。って言葉は引っ掛かったけど、どうやら、お姉さんと言う事らしい。ま、あたしも苗字名乗ってるわけでも無いし、詮索するのは変か?とそう割り切った。
「今日、泊まるとこあるん?その様子やと、あんさん、家出して来たやろ?」
「!」
 あたしは、直球を投げられたので、思わず固まってしまった。何故判ったんだろう?あの大きな鞄。お父さんから貰った、大切なあの鞄が無いのにもかかわらず……
「どうしてそう思うの?」
「だって、此処の土地の言葉使ってないしな〜それに、顔に書いてるやん」
 あたしは、鏡が無いか探しそうになった。
「やっぱそうなんや〜事情は知らんが、此処は自由やし、オレも勘繰らんとってやるから安心せえや?」
 延光は、笑いながら思いっきりあたしの背中をバンバンと叩いた。
「ちょっと、痛いって!」
 余りにも叩くから、あたしは悲鳴のような声をあげて非難した。
「すまんの〜ま、取り敢えず、腹減っとる様やし、何か食べるか?」
 あたしのお腹が、緊張から解かれてグーグー鳴っているのが聴こえたから延光はそう言った。だから、あたしはその言葉に甘えて、延光の後に従った。
「何か食べもん、ないかいなぁ〜?」
 鼻歌を歌うようにそう言った延光。廊下をずっと真っ直ぐ行った所の突き当たりに、簡素な木であしらわれた部屋があった。と言うか、この家自体木造ではあるけれど。
 その部屋がどうやらキッチン仕様になってるらしい。かなり広い部屋で、テーブルも十人位が座れるのではなかろうかと思うほど大きかった。実際、椅子の数も多いんだけど。
 そして、延光は普通の家庭に無いような大きな冷蔵庫を何の躊躇も無く開いた。中には、ラップを掛けたお皿が沢山並んでいるのが見えた。そして、その一つをつまみ出し、あたしの前に見せた。
「今、レンジで『チン』してやるから、そこの椅子にでも腰掛けとり〜や?ご飯は焚けとるかなぁ〜?この時間やしなぁ〜」
 なんて呟いて、イソイソ動いてる。
 世話焼きと言うか何と言うか……普通此処まで初対面の人間にしてくれるであろうか?あたしはそんな事を考えた。
 きっとあたしが延光の立場なら、こんな世話を焼いたりしない。それよりまず、あの自転車を漕いで、何も見なかったことにして通り過ぎてしまってると思う。だって他人じゃない?もし知人、友人だとしても……一歩引いてしまって声を掛けづらいと思う。特別な友人付き合いをしたことの少ない自分がそう思うだけなんだろうか?一般論はどう?
 心の中で何度も呟く。でも答えが出るわけではなくて、より疑問になってしまう。あたしは、非道な人間なんだろうか?と。
「どないしたん?そんな顔して……お(うち)が恋しなったか?」
 どうやら、電子レンジで温め直しが出来たらしく、テーブルには湯気のたった野菜炒めと、お茶碗に入ったご飯があった。
そして、目の前には家庭で使ってるのではなかろうかと思われるお箸がお箸置きに添えられていた。
 まるで、来客が来たときのような御もてなしの一つのように思われた。
「……本当に食べて良いの?」
 あたしは、生唾を飲み込みながら一応問い掛けた。
「何言っとんのや?食べてええから『チン』したんやん?変なこと訊くなぁ〜」
 延光は、あたしの目の前の椅子に腰を掛けて、あたしの食べる所を拝見しよう〜!みたいな表情で両肘を突いて覗き込んでいた。
 それがかなり気になったけど、お腹の虫は正直で、目の前の食事が美味しそうに感じられるから、何も言い返さず箸をつけた。
 始めは、お行儀よく箸でちょっとずつ摘んでは口に頬張って食べてたけど、その内その速度は早くなり、最後には集中して駆け込む感じで全部平らげてしまった。
「ふ〜〜〜う!」
 食べた後、思わずため息交じりの感嘆の声が擬音として口から漏れた。もう満足だった。
何だろう?この只の野菜炒めに隠されたスパイスって物は?食感は何処で食べる物とも変わらないし、味だって平凡。でも、今まで食べたことが無いってくらい美味しく感じられた。
「どう?美味(うま)かったか?」
 延光は、クスクス笑いであたしを見ていた。
「ご馳走様でした……」
 その笑い方が、余りにも子供っぽくて、そして意味ありげだったから、あたしはちょっとイラついてしまった。せっかく美味しい物を食べたってのに。感想も何も言えないじゃないか……
「美味しいと思ったらな、素直に『美味しい』って言うんやで?それが子供の常識やとオレは思っとるんやけど?」
 意味ありげにあたしを見てそう言った。
「……美味しかったです」
 あたしは、言わざるおえない気分になってそう言った。そしたら、延光は、にっこり目の端を下げて綺麗に笑った。あたしはその表情が余りにも印象的で『ドキッ』として、目を見開いた。延光と言う人間にこんな表情が出来ると思ってなかったからである。
 そんな戸惑ってるあたしの顔を見ずに、延光は後片付けを始めた。流石に我に返って、あたしは、
「手伝うよ!」
 と、そのお茶碗とお皿とお箸を掻っ攫って流し台に向かった。
 そして、お客として招かれていたはずのあたしは、勝手知ったるこの家の子供の様にスポンジに洗剤をつけ、出来た泡を確認し、洗い物をしたのである。












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