#3盗難
新幹線の中であたしの隣に座ったのは、笑顔の爽やかな、紳士風のおじさんだった。
「あれ?一人で旅行?何処まで行くの?」
気さくに声もかけてくれた。あたしは安心し切っていたのだろう。何の不信感も抱かず、その人とお喋りをした。
「一人で沖縄?凄いね〜ご両親は?」
「え〜と、沖縄に居るの。あっちで待ち合わせしているの」
嘘をついた。本当は違うけど、家出人なんて思われたらそこで最後だ。
「ふ〜ん。おっきな荷物抱えて大変そうだね?そうだおじちゃんが、その荷物、荷物棚に置いてあげるよ」
にこやかに対応してくれた。
「ありがとう〜」
あたしは背が低いので、荷物棚に荷物を置くことができなくて、手荷物状態だった。だから、おじさんに、荷物を置いてもらった。
「おじさんは、何処まで行くの?」
今度はあたしが問い返した。
「おじさんは、新大阪まで行くんだよ。出張なんだ。君くらいの子が娘に居てね。今ちょっと顔を思い浮かべてしまったよ」
にっこり笑いながら、そんな会話が続く。
列車は、凄い速度で過ぎていく。景色より、おじさんと話している時間が増えて、のんびり見ている時間はなかった。ま、会話が弾んでるから、それはそれで良いのかなとも思ったりしたけれど。
そして、名古屋辺りであたしは朝早くから起きて行動をしていた為に、眠気に襲われて、おじさんに「ごめんなさい」を言い、一眠りすることにした。
それが間違いだった。
新大阪を過ぎた辺りで、あたしは、眠りから一度覚めた。どのくらい眠っていたのだろう?もう隣のおじさんはいなかった。その代わりにあたしの大きな荷物がその座っていた席においてあった。
きっと、おじさんが下ろしてくれたんだろうと思って、また一休みの睡魔に襲われ眠りこけて、気付くと終着点の岡山まで辿り着いていた。
そして、人間不信の泥沼の縁に落とされてしまうのである。
乗車確認する車掌さんが、切符の確認をするためにあたしを起こしてくれた。だから、あたしは、身につけているショルダーからその切符を取り出そうとした。花柄のお財布に入れたから、それを見せようと。しかし、そのお財布がどこにも無いのである。しかも、その財布には、カードも入っていたのに……
「どうしたの?お譲ちゃん?」
車掌さんは、にっこりと微笑んで、あたしに問いかけた。
「無い!あたしのお財布が無い!」
あたしは、パニックに陥ってしまったのは言うまでも無い。これからの旅も、全財産も此処にはもう無い。こんな事が起こる確率って一体?そう考えて、あたしは、大きな荷物の方の中身を開いた。少し荒らされているのが判った。あのおじさんだ!あたしが寝てる間に、奪って行ったのだと。
「どうしたの?」
「盗まれてるんです。あたしの財布が!」
あたしは、車掌さんに向かってそう叫んだ。車掌さんは、驚いて、あたしが慌てているのを窘めるかのように事情を聞いてくれた。
「切符だけでなく、カードまで財布ごと盗まれたんだね?これから何処に行こうとしてたの?」
あたしは、取り敢えず、沖縄に行くとだけ言って、後は口を噤むしかなかった。
余りにもショックを受けていると思われたのだろう。取り敢えず、あたしを落ち着かせるためにも岡山のこの地で駅員さんのいる窓口の部屋に通され、あたしはパイプ椅子に座らされ事情を話さなければならなくなった。
勿論、警察の方もやって来ることになる。只でさえ事情が事情だ。そうなると、名前がばれた時点で、お父さんの事を取りだたされるに決まっている。
勝手に家を飛び出して、こんな所で旅行も終わりだし、カードさえも失って……あたしは人生全てが終わってしまったのではなかろうか?と言うような、この世の終わりを思い浮かべてしまって、もう立ち直る気分になれなかった。
「お譲ちゃん?お名前は?」
そう問われても、応える気力が無かった。もう、全て終わった気がしたから。
それに、ここで美空葵の名前を出して、父にバレるのも怖かった。旅行から帰ってから叱られる覚悟はあったのに。自分の意志は、今この時点で自分の冒していることに対する負けを認めるようなことをしたくなかったのだ。
「う〜ん。黙ってても仕方が無いよ?無銭乗車してるとは思えないから、ちゃんと応えてくれたら、ご家族にだって連絡できるんだし?お譲ちゃんも安心できるでしょ?」
言ってることが理解できないわけじゃ無い。判ってることなんだけど、あたしは喋るわけにはいかなかった。
「どうしましょうかね?警察が来るまで、暫く、このまま待ちましょうか?」
一人の駅員さんが言った。あたしは、警察が例え此処に来たとしても話す気は全く無かった。
「お譲ちゃん?お昼ご飯は食べたかい?お腹減ってない?」
減ってても、空腹感より脱力感で何も感じない。だから、頭を垂れ、そして、首を横に振った。
「何か訳ありなのでしょうか……?」
また別の駅員さんが、陰の方で囁いているのが聴こえた。あたしは、流石にまずいと思って、その場を立ち去ろうと、パイプ椅子を押し倒してこの窓口から飛び出した。大きな鞄を置き去りにして。
後方で、大慌てで呼び止める駅員さんの声が響いた。そして、走ってくるその足音も聴こえていた。だけどあたしは振り返りもせず、走ることだけ考えていた。
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