夜空の三重奏(19/20)PDFで表示縦書き表示RDF


夜空の三重奏
作:星河 翼



#19延光の決断・隆の涙


「ちゃんと聴けた?」
 あたしは、隆に問いかけられた。
「うん。聴いた」
 その後、あたしは隆に問いかけた。
「ねえ、隆君は延光君がどうしたら一番良いか?判る?」
 隆と会話が出来る。と思うとホッとした。だって、多分隆は知っているだろうから。
「お母さんと一緒に住むのが一番良いと思ってる。だって、血の繋がった親子だしね」
 無表情にそう言った。何を考えているのか全く読み取れない。顔だった。
「それで、隆君は良いの?」
「良いも悪いも無いんじゃない?」
「だって寂しくなるよ?延光君居なくなったら!岡山に一緒に居たいでしょ?一緒に居たい筈だよね?」
 あたしは、此処に来るまでに何度となく寂しそうな隆の顔を見てきた。こう言う事になると知っていたからだ。そうでしょ?
「寂しいかも知れない。だけど、お母さんを選ばないと、ボク、のぶちゃんを殴るかも知れないなって思う……」
 そんな……殴るだなんて……自分に素直になってよ!
「そんなの変!選ぶのは、延光君だよ?それでも殴るっていうの?」
 あたしは、今にも泣き出しそうだった。
「初めから有った物は有る筈だと、それを当然だと思うでしょ?ボクには何もなかったから、その気持ちは判らない。葵ちゃんだって、ミサちゃんを亡くして、辛かったんでしょう?のぶちゃんはそう言うことをちゃんと判ってる。だから後悔しないように、多分お母さんを選ばなきゃならないって思うんだ」
「そんな……」
「鬼ヶ島の話覚えてる?『鬼は寂しかったんだ』って言ったの。それはのぶちゃん自身を鏡に映して見ていたんだよ。鬼として、お母さんを苛めてしまったと思った。じゃないと、あんな言葉は吐き出せない」
 それはそうかも知れない。だけど、隆君の本当の気持ちはどうなの?有った者を無くしちゃうんだよ?それは、隆君にとって初めての経験となるものかも知れないじゃない?そんなの悲しいじゃない!
 あたしはついに涙が零れた。
「葵ちゃん。ボクは覚悟していたんだ。この日が来るのを。だから、泣かないでくれる?」
 そう言って、静かに笑ってから隆は障子の向こうの外の景色を眺めていた。

 夜は眠れなかった。
 明日どうなるのか気になって仕方が無かった。眠れない夜。窓の外の月の光が静かにカーテンの端から差し込んできて、冴え冴えとしている。綺麗なのに、冷たい。夏なのに寒さが体に走りそうだった。
 眠れる呪文。そんなものがこの世に有るならば、唱えてしまいたい。そんな事を考えて、
隣で寝ている延光や隆を布団の隙間から見た。
 疲れてるせいか?グッスリ寝ているみたい。
 一番関係の無いあたしが眠れないのに、何故あなたたちは寝れるのよ!毒づきたいけど、そんな事は出来なかった。
 ああ、もう、知らない!布団を思いっきり被った。だけど結局、一睡も出来ずに朝を迎えてしまった。

 朝は、少し靄がかかった感じだった。
 というか早朝過ぎたから、霧が有ったのかもしれない。
 延光のお母さんが、あたし達を起こしに来てくれた時には、もう、夏らしいギラギラとした太陽が昇っていた。
 朝御飯を食べる。眠れなかったあたしのお腹は心とは裏腹にグウグウ鳴っていた。それを延光は聴いて笑っていた。あたしはこの夜にどう決断付けたのか知りたくてウズウズしてるというのに、全く暢気なものだ。
 そして、旅立ちの時間が来る。
 あたし達に、先にお寺の方に行っててやと言った延光。あたしは何も言えなくて、相槌だけ打ち、そして、隆と共にお寺を見て回った。
「ちゃんと眠れた?」
「え?」
 あたしは、何でそんな事訊くのよと思って、ちょっと膨れた。だって判るでしょ?この顔を見たら!
 隈を作った顔。どう見ても寝てません!って顔だろうに。
「寝たわよ!」
 ちょっとイラつきながら、あたしは逆の事を言った。
「そう」
 隆は、そう言って意味ありげに笑った。そして、
「ほら、『第三十九番札所、(しゃっ)亀山(きざん)寺山院(じさんいん)延光寺(えんこうじ)』だよ。見て回ろう!」
 と、お寺の中を散策し始めた。晴れ晴れとした表情で、一点の曇りも無い笑顔を見せた。
 あたしと隆は、夕べ見られなかったこのお寺を見て回る。このお寺は南国情緒ある豊かさを秘めている感じだった。
 そして、広い。あたし達はくまなく歩くと、一つの亀の上にお寺の鐘みたいなのが乗っている像?を見つけた。
「これがのぶちゃんが言ってた、竜宮から持ち帰ったと言われている鐘か〜」
 きっと、延光から詳しく話を聴いているのであろう。かなり興味深く見ていた。
「よっ!捜したやん!此処まで来てたんか〜!」
 そんな時、延光は後方から慌ててこちらに駆け寄ってきた。
「お母さんと、話をちゃんとした?」
「ああ、ちゃんとしたわ。……オレ、やっぱ、ここに帰る事はでけへん。岡山の方で暮らす
ことにしたわ」
 そう言って、延光は笑った。あたしはホッとした。隆が泣かずに済むと思ったからだ。  
 しかし、その言葉を聴いた隆は、右こぶしで思いっきり延光の右頬を殴ったのである。
 ズザッと、延光は地面に転げてしまった。あたしは驚いて、延光の体を起こそうと駆け寄ったが、隆はその倒れている延光の体に馬乗りになって、もう一発殴っていた。
「ちょっと、やめてよ!隆君!」
 あたしは、こんなことになるなんて想像も付かなかった。確かに、隆は昨日、殴るかも知れない。って言った。それを実行するなんて……
 あたしは悲鳴に近い声を張り上げた。こんなの無いよ〜仲の良い二人なのに!って気持ちが先走っていた。そして、その声に気が付いた隆は殴るその手を止めたのである。
「冗談や。冗談。もう気が済んだか?」
 延光は、殴られた勢いで口の端を切って血を流していたが、クスクス笑って言った。
「嘘や。一度岡山に帰って、そして、荷物を纏めたら、ここに来る事にしたんや。何発か、隆に殴ってもらっとこう思って、言っただけや。だから、もう気が済んだやろ?」
 何?どう言う事?
 隆に殴らせるつもりで、あんな事を言ったわけ?そんなこと何故しなくちゃならないのよ!
 所詮、女のあたしには判らなかった。
「バカ!のぶちゃんなんか……嫌いだ!」
 そう言って、隆はボロボロ泣き始めてしまった。
 もしかして、隆は、本当は……
 本当は、延光との別れを切り出されるのが怖くて、そして、自分の本当の気持ちをぶつける所を見つけられなくて、ただ笑ってさようならを言うつもりで……いたのかも知れない?泣く所なんか見せたくなかったんだろう。
 それを、延光があんな事を言ったものだから、訳が判らなくて、そして、手が出てしまった。
 男の子の友情なんて判らないあたしに想像出来る所というのはそこまでだった。
 でも、殴られたかった。と言った、延光の心境は?
「隆って、本当に心と裏腹なんやもん。困るわ……お〜痛てて。マジ殴りよってからに……この貸し。忘れんなや?」
 そう言って、延光は隆を抱きしめた。
 あたしは、何故か判らないけど、頬に涙が伝った。ああ、こういうのも悪くない、さようならなのかも知れないと……

「さてと、今日は、一気に自転車で走るで〜覚悟しときいや!」
 お寺を出て、自転車に跨ったあたし達は、その延光の言葉を聴き、
「え?」
 と言った。
「オレ、小学校の時から行きたかったんや〜室戸岬!知り合いに、高知の室戸岬にある少年自然の家って所で星を見たっちゅう奴がいてな。それが凄く綺麗やったって言うんや!それ聴いて、めっちゃ行きたかってんよ〜やから、今日はそこでキャンプや!お寺参り無しの変わりに、それで決定!」
 ああ、頑固一徹。無邪気に自分をアピールしてるしさ〜でも、あたしもそんなに言う星空を見てみたい気がする。東京の星は、地上にあるだけで、もう夜空では殆ど見られてない。それに、延光のプラネタリウムを見てから、星に興味が湧いた気がする。だから、
「しょうがないな〜付き合いましょ!」
「はいはい。のぶちゃんらしいよ」
 あたしと、さっきまで泣き崩れてた隆は笑ってそう言った。

 室戸岬まで、八十キロ近くある。
 地図で見ると、凄い、距離。高知の西と東って感じ?端から端まで走ると言う感じである。
 まず、昼は、高知市内で食事を予定。その後夕食は、買いだめ弁当をコンビ二でゲット。そう言う感じでスケジュールは組まれた。
 早速自転車に跨ると、走り始めた。
 昨夜、徹夜した体とは思えないほど軽く感じた。
 四万十町を抜けて、世界一広い海。太平洋側の海岸線を走る。あたしは、この海岸線を走れることが凄く嬉しかった。
 ミサとの出会いの時の会話で、こんな事を思い出したからだった。
「葵ちゃんって、苗字が確か美空だったね?あたしは海野って言うの。海と空だなんてステキだね!」
 う〜ん。どうだろう?なんて思った。別に、ステキだなんて思わないけどな?
 あたしはその頃、かなり冷めてたから、その事に興味を示さなかった。でも、今なら言った意味が判る。
 海と空は向かい合っててずっと平行線を辿ってて、交わる事のない物。だけど、どう?水平線上で、綺麗に交わる。一直線に。
遠い水平線上。きっとそこは、相対してるのかもしれないけれど、またそこから水平線上を見ると、重なり合う。その繰り返し。
 海の碧さ。空の蒼さ。どちらも同じだけど、微妙な違いがある。だけど、この遥か先の光景はとてもキラキラ輝いてて綺麗。
 ミサって、そんな風景まで想像していたのかも知れないな?可愛くて、そしてロマンチスト。女の子らしいそして、感性豊かな女の子だったんだな。と改めてそう感じた。
 今、凄く気分が良い。
 この太平洋を見られて、感じられて、まるでミサを身近に感じる。
 この旅に一緒に来れて良かった。ありがとう。延光、そして隆。
 あたしは、前を走っている二人を見て、笑顔で自転車を漕ぐ。まだまだ続く旅。あたしは何を感じるだろう?それを考えるとワクワクした気持ちは留まらない。
 天気は、西から少しずつ変わりつつあったそんな事を知らずにあたしはそんな事を思っていた。

 高知市内に着く前に、久方ぶりのにわか雨。
 後少しで着くというところで、あたし達は、雨の中、走り続けた。
 汗をかいてるものだから、ちょっとぐらい濡れても平気だと思い、先を急ぐ。
 そして、ついに高知市内に辿り着いた。

「ふえ〜雨なんてついてないなぁ〜」
 なんて話しながら、お手軽なレストランに入った。
 びしょ濡れなので、服を乾かす事も出来ず、暫く店のクーラーの効いている所で乾くまで待った。
「は、は、ハックシュン!」
 クーラーが効き過ぎて、肌寒い。そんな気がした。
「葵っち、平気か?タオル足りんようやったら言えや?」
 あたしがクシャミをしたものだから、心配して延光がバッグからタオルを取り出した。
「グズっ。平気。それより雨。何時、止むんだろうね?」
 足止めを喰らって、ちょっと気分が萎えた。
「多分通り雨だから、直ぐ止むんじゃないかな?」
「止んでくれんと!星を楽しみにしてるのにぃ〜」
 あたし達は、大分乾いてきた服を見て、大丈夫と思った頃に、席に座った。
「雨、止んだら直ぐに出発や!それまでにお腹の足しになるもん食っとこな?」
 延光の言葉に頷いて、三十分ほどそこに滞在した。
 そして、また、走り出す。
 本当に、通り雨だったみたいだ。
 あたしは、ホッとして自転車を漕ぐ。でも、ちょっと、体がだるいかな?あんなに軽快な走りをしてたのに、体がちょっと重い。それに喉がイガイガとしてる感じ?なんて思いながら走った。
 でも気にしてるから、そう思うだけであって、あたしの思考はスッキリしている。
 だから、気にせず走る。前を行く二人に負けないように……

 室戸岬に辿り着いたのは、夕日が沈む頃だった。
 わずかに太陽が、地平線に隠れる頃だった。
 あの太陽が、地平線に沈むのを見るのは、現実(リアル)では初めて見た。凄い!闇のような海にオレンジとも朱色とも言うような大きな太陽が静かに沈む。
 あたし達は、室戸岬の海岸でそれを目にして、言葉を失った。余りにも綺麗。
 じわじわと沈んでいく太陽。まるで、スローモーションの映像を見ているかのよう。
 それを心の中に止める。そして、時間はゆっくりと過ぎ去り、あたし達は、今日寝るためのテント作りに勤しんだ。
 ちょっと山に入ったところで行動に移した。
 テントが出来上がったのは、一時間後くらい。その中で、あたし達は、コンビ二で買っておいたお弁当を食べた。
 味気ないお弁当なのに、お腹が減ってるから、とても美味しく感じられた。
 延光にいたっては、食べ終わっても、まだ何か無かったか?なんて言って、鞄の中をゴソゴソ探し出す始末。お腹が減りすぎているらしい。食べ盛りだものね?あたしはその行動が可笑しくて、クスクス笑った。
 旅を始めて一週間くらい経ったのかな?思ったより早く此処まで来れたものだ。
 あたしは自分がしているこの旅を振り返る。
 色んなことをしたなぁ〜あったなぁ〜
 それらを心の中で反芻し、そして、心のアルバムに仕舞い込む。
 記憶と言うアルバム。誰にも見せる事は出来ない、貴重なモノ達。
 もう時間は、九時近くになっていた。












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