#18延光の傷・告白
内子から、大洲、そして、野村町、広見町と、標識は変わっていく。景色は、ちょっとした下町になったり、山だったり。特に大きな町と言う感覚は無かったが、それぞれが、独自の町づくりをしていて見ごたえがあった。
勿論会話は弾む。他愛ない事を色々話した。
延光は、あの穏やかで頼りがいのあるおばさんの、ちょっとした失敗のお話を堂々と公表したり、隆は、いつも遊んであげている、優香ちゃんや浩二君、凛君、鈴音ちゃん、涼君の可愛い話をしてくれた。
あたしの知っている人達ばかりのお話。
きっと、気を遣ってくれてるんだとばかり思っていた。だって、知らない人の話をしても、あたしにはチンプンカンプンなのだもの。だから、それも悪いなぁ〜なんて思って、
「ねえ、延光君や、隆君の学校生活の方はどうなの?」
と、今度は、個人的にどういう学校生活を送っているのかを訊いてみた。
だけど、返って来た言葉は、
「別に、大したことあらへんよ。ごく普通の学校生活や」
良い返事が返ってこなかった。
その言葉に、
「友達とかの話しないよね?何で?仲の良い子とか居るんでしょ?あたしは話してくれても大丈夫だよ?」
気を配ったつもりだった。しかしそれは間違いだった。
「葵ちゃん。ボク達はね、学校にとって、というか、級友にとって招かざる者にあたるんだ。只でさえ、こういう身の上だからね」
隆は、なるべく笑顔でそう言ったみたいだった。と感じるのは、あたしがそれを聴いた瞬間、世間の冷たさを感じたからだった。
「……」
何も言葉が紡げない。あたしは、気を遣ったつもりだったのに、延光や、隆にとっては要らない世話だったに違いない。
彼等は、あたしに気を遣ったんじゃなく、話せる事はそれしかなかったのだ。
「ごめん……」
あたしは、涙が溢れてきた。
そう言うしかなかった。
「別に、葵っちが悪いわけやないんやで!泣かんでや!」
あたしは、ボロボロ溢れてくる涙を止められなかった。ミサの事を思い出してから、あたしの涙腺はかなり緩くなっている。ゴシゴシむき出しの腕で顔を擦る。でも、止まらない。
「あ〜あ、のぶちゃん、女の子泣かせた〜!」
柄に無く、隆がそんな風に延光を煽った。
「ちゃうわ!お前が言ったから泣いたんやろ〜人のせいにばかりするなや!」
なんて、二人がおちゃらけてそんな事を言い合い始めた。それが、可笑しくて、あたしは、笑いたくて、でも涙が止まらなくて、泣き笑いを始めてしまった。
「何や葵っち!気が狂ったんか?」
慌てて延光は、あたしの肩に手を伸ばしてきた。
「だって……ヒック、泣きたいのに、あんた達が笑わせてるんでしょ!」
その言葉を聴いた瞬間、延光が、
「ふん!どっちかにせえ!この男女!」
怒って言ったのか?それとも、冗談なのか?あたしはもうどっちでも良いやと思い、
「男女で悪かったわね!それを言うなら、隆君なんて、女男じゃない!」
隆に話を振った。
「ちょっと待てよ!誰が女男だよ!」
とばっちりを受けた、隆は、堪ったものじゃ無い!って、あたしに突っかかってきた。
それからは、三人三様、喧嘩腰のふざけ合いが始まった。
それは、太陽が西の地平線に傾くちょっと前の高知県の県境辺りの出来事であった。
高知県に入ってから、ふざけあってたあたし達の会話は、少し静かになっていく。
夕暮れ間近なのに、まだ先があるみたいだった。
「どうする?このままお寺に向かったので大丈夫?」
そう、今夜の寝床の事が気になってきた。
「そうやな〜ま、何とかなるっしょ?」
って、延光はそう言った。
また、お寺にテント張って寝る気でいるのかしら?あたしは、ちょっと嫌だなぁ〜って表情を見せた。
「あ、テント張らんでも何とかなるんや。心配せんでええよ?」
あたしの表情は、どうやらかなり露骨だったらしい。
「あ、そうですか……」
見抜かれて、ちょっとしまったと思ったけど、一体どうするんだろう?絶対、陽は落ちてるはずだよ?なんて思う。一体この先何が待ち受けているのだろう?
延光と延光寺。
一体どういう繋がりが有るのであろうか?
それは行って見ないとあたしには判らない。でも、さっきからソワソワしている延光を見ている隆の表情が気になる。
どう見ても、心配事がありますよ。って言う表情だ。
皆それぞれ思うところがある為か、何故か無口になった。そして、あたしは、四百四号線のこの道沿いを流れる四万十川に目を向けた。
説明としては、全長百九十六キロ、流域面積二千二百七十平方キロメートル。四国第二の川で、本流に大規模なダムが建設されていないことから『日本最後の清流』、あるいは柿田川・長良川とともに『日本三大清流の一つ』と呼ばれるとある。
清流と言うだけ有って、水はとても綺麗なのかな?などと思っていたら、何と、飲めたものじゃ無いらしい……それで清流って一体?なんて思ったけど、綺麗だから清流と言う訳ではないそうだ。ま、そんな物か?
でも、キャンプ場も有るらしくって、あたしはちょっと安心した。
もしかして、延光はこれの事を知っていてそう言ったのかも知れないと思ったからだった。
夏の昼は長い。でも、時間が経つにつれて、もう、東の空は群青色に包まれていた。
標識に、四万十市(旧中村市)と書かれているのが目に入った時には、空はスッポリと群青色に包まれていた。
「おい、君達!自転車直してからお寺の方に行くきに?」
途中の信号で、今迄運転していたお兄さんが、あたし達に問いかけるために一度車を止めて、あたし達に問いかけてきた。
「そうですね。これ以上遅くなったら、自転車屋さんも開いてない事でしょうから」
隆がキッパリ言った。あたしが女男なんて言ったものだから、汚名挽回のように男らしく。
「そうしたら、市内で探すと良いき。ちょっと、オレ、思ったより時間食ってしまっちょうけ、このまま足摺岬に行こうと思ってるんやけど、大丈夫き?」
独特の訛りのある言葉だけど、言ってる事は通じた。
「ほな、市内で探します。今までありがとうございました!」
延光は、素直に受け入れた。
「今までありがとうございました!」
「元気にな」
あたし達は、四万十市の中村で下車した。
そこから、自転車屋を探す。二〇分位後、無事見つけられた。時間は八時になるかならないかだった。そして、その自転車屋さんは、ガラガラとシャッターを下ろそうとしている最中であった。
「すんません!お願いや!自転車のパンク直してや〜!」
延光が駆け寄って事情を話した。
「それは凄いな。良いきに、直ぐ見てやろう?」
と言う事で、あたしの自転車のパンクは直った。
「これからどうするき?」
自転車屋さんは、そう言って心配していた。
「ええ、これから延光寺を訪れるつもりです。」
「そうけ。気をつけてお行きい〜」
修理代を払ったあたしは、お礼を言って、延光達と共に、目的地、延光寺へと足を運んだ。
到着したのは、もう十時ぐらいだった。
「ねえ、どうするの?もう、お寺を見て回る時間無いよ?」
着いた瞬間、あたしは明日参拝するようにしようよ。と言うつもりで言った。
「ええんや。ここでちょっと待っとってんか?」
あたしは、お寺の中に入っていく延光を隆と一緒に見守った。まるで勝手を知っているかのような行動の仕方だった。
十分後、延光は、あたし達の目の前に現れて、こっちや!と言い、お寺の中に導いた。
そして、お寺の中から少し離れた所の民家に入りその玄関を開いた。
「紹介するわ。オレの母さんや」
色白で、まだ若い感じだった。三十歳前後の女性に見受けられた。
「ようこそ。延光寺へ。息子の延光がお世話になりました」
見かけと違った少しハスキーな声だった。
「え?はい。初めまして……」
あたしは、度肝を抜かれた。延光のお母さん?でも、延光は天涯孤独なのではなかったの?疑問符が目の前にクルクル回った。
「と言う事で、ここに泊まらせてもらおうや?母さん、夕飯とお風呂あるんか?」
ごく普通の親子のやり取りだった。
「まだ、ありますきに。ゆっくりしてき」
そう言うと、奥の間に通してくれた。
古い檀家?なのかな?これは……
床はギシギシ軋むし、昔ながらの裸電球が吊るされていた。その周りを虫が飛んでいる。それが凄く印象的だった。
「先風呂入るんか?それとも飯にするか?」
奥の間の二十畳近くある畳の部屋。そこに入った途端、延光は問いかけた。
「あ、うん……ご飯にしたいかな?」
まだ、自分の中で整理できない疑問。それが有ったから、あたしはまごついた言葉しか返せなかった。
「お母さん元気そうで良かったね?のぶちゃん?」
隆は、ホッとしたとでも言うような表情でそう言った。
「おかげさんで、ようなってるみたいや」
二人の会話にあたしは着いていけない。
問いかけても良いのかどうなのか憚れる。
『ねえ?どう言う事なのかな?』
と、問いかけたい。 でも、それが出来ないでいる。
「んじゃ、ご飯や!行こうや!」
あたし達は、居間に通され、そして、精進料理のようなご飯を食べた。
「どうです?美味しいですか?」
「はい。お腹空いてたから、とても美味しいです」
あたしは、正座して問いかけられた言葉に応えた。味付けの薄い料理。美味しくないわけではないのだけど、まだ、この状況が判らなくて、戸惑ってご飯を食べてる気がしなかった。
「隆君でしたね?いつもお世話になってます。延光がお世話になってるのでしょう?」
「はい。そうですね。楽しく、いつも良い兄弟でいられてますよ」
「まぁ〜それは良かったきい。安心したわ」
お母さんと言う人は、隆の事も知っているみたいだ。
「こちらの女の子は?」
「うん。夏休みの間のオレの家族。お姉さんや」
バクバクご飯を食べている延光は口元を拭いそう言った。
「夏休みの?そう。また可愛らしいお姉さんなのね?」
微笑ましいとでも言った様子で笑いかけてきた。
「そんな、可愛いだなんて事ないですよ?」
ちょっと恥ずかしくなってあたしは頬が紅潮した。
「飯も食べたし、母さん?オレら、自分とこの部屋に戻るわ。あ、風呂は葵っちから入りい?」
と言う事で、食べ終わった瞬間、部屋に戻ることとなる。あたしは、それに従うだけだった。
「お風呂入りに行くね?」
部屋で、準備をし、そして、部屋を出た。
「行ってらっしゃーい〜」
あたしは先に風呂に向かう。廊下を右に曲がった所に有った。中は、木造の古びたお風呂だった。
あたしは、まだ理解できない。何?このモヤモヤした気持ちは?
風呂に浸かっても、全く癒されない気分だ。
訳が判らない。だって、お母さんと呼べる人が居るのに、何故、岡山の養護施設にいるのか?離れて暮らさなければならない何か?がそうさせているのか?そこまで考えても、答えが導かれない。
仕方なく、あたしはすんなりと風呂を出た。
そして、着替え終わり、あの部屋へと戻った。
「お帰り〜んじゃ、次は隆が入れや?」
「うん。判った」
あたしが風呂に入ってるうちにお風呂の用意をきっちりしていた隆は、直ぐ様この部屋を後にした。
あたしは、疑問渦巻く頭をどうにかしたくて、延光をちらりと見た。すると、延光も話す事があるから!といった表情であたしを見ていたのである。
「ビックリしたやろ?」
「あ、うん……」
肯定した所で、疑問を投げかけても良いのかと思い、言葉を編もうとしたが、先に延光が話し始めた。
「オレはな、大阪生で産まれて育ったんよ」
「うん」
「でもな、オレの母さん病持ちで、オレとは一緒に住めなかったんよ。で、親父と暮らしてたんや」
延光は思い出すようにちょっと右上方向に目を向けた。
「うん」
「だけど、オレの父は、五歳の時に病気で亡くなってしもうた。それで、離れて住んでた母さんと一緒に住もう。という話になってな、一緒に住んだんや。この家で……」
なるほど、それでこのお寺の中を知っていたのかと理解はした。でも、どうして、また離れて住むことになったんだろうか?それが判らない。
「母さんな、この寺の一人娘でな。寺の切り盛りをしながらオレを育てるのに無茶してしまったんや。で、その頃から病院通いが始まって、入院退院を繰り返したんよ。だから、オレは看病しなくちゃならなかった」
「お祖父さんやお祖母さんは?」
「おらん。とっくに亡くなってた。高齢出産の一人娘やってん」
「……うん」
「でも、オレ当時小学一年生やったから、世話をしながら学校通いなんて出来んかった。それで、親戚の方と話し合いして、母さんの事を任せた訳やねん」
「うん」
「父さんと母さんは高知で知り合って駆け落ち状態で直ぐに結婚だったらしいわ。当時は凄くもめたらしい。うちの親類って、父方は元々居なかったし、母方は、子供の面倒まで見れるほど裕福ではなかったわけ。んで、オレは、岡山のあの施設に自ら志願して入ったという訳や」
「うん」
あたしは相槌を打つことしか出来なかった。
「オレの母さん若いやろ?実は十六の時にオレを産んでな。元々体が弱かったのに無理したん。それも双子をお腹に抱えてて。初産で、年が若いために、双子の一人を流してしまったんや」
水子地蔵の時の言った言葉が蘇った。
『可哀相にな。生まれて来ること適わんかったんやろ?それを考えると、オレらは幸せなんよな……?』
だったかな?
あの時の言葉をきちんと理解した。
「うん」
「多分、母さんは無事産みたかったんやと思う。でも適わんかった。その心労もあったんやと思う、疲れ果てたん。精神的に不安定やったんやろな?」
延光はそしてこの時笑った。
「……オレ、母さんに、酷い事言われてな。一瞬ショックを受けたん。実の子供にそれを言うんか?ってね……」
「何を言われたの?」
気になった。何を言われたのか?
「どうせなら、二人とも死んでくれたら良かったのにっ!てな」
あたしはゾッとした。実の母がそう言うことを言うのかと。
「精神やられてたん。オレは、ちゃんと判ってた筈なんやけど、傷つかない訳ないやろ?どんなに尽くしても、精神的に不安定を状態をオレで埋めれんのは、きつかった。もしかしたら、オレ自身がもう限界やったのかも知れん。だから、母さんから離れたって言うのもあるんや。否、逃げ出したのかも知れないなぁ〜」
「……」
頷く事さえ出来ない。
「だから、意地悪のつもりやった。岡山に行ったのは……オレの存在を否定した母さんに思い知らせたかったんや」
そこまで言って、延光は深い溜息をついた。
「こういうのを懺悔。って言うんやろな?意地悪をしたオレの懺悔。今、母さんは立ち直ってる。オレはどうすれば良い?もし、あのままやったらもうどうでも良いと思っとった。でも、違うんや。ちゃんとオレと接することが出来る状態になっとる……」
あたしは、神様じゃ無い。懺悔と言われても、何もその道しるべをしてあげられない。
「あたしには判らない。だけど、延光君の思う通りにしたらいいと思うよ?……どうしたいか?何が自分に必要か?それを考えれば良いんじゃないかな……?」
ああ、何言ってるんだろう?こんな二者択一なんてあたしには重すぎる。
「どうしたいか?かぁ〜そうだよな?どちらが幸せか?じゃなくってなぁ〜」
延光は考え込むように下を向いた。
「今夜考えてみるわ。ありがとうな〜聴いてくれて……」
そうして、延光はちょっと苦笑いをした。
「役に立たなくて、ごめん……」
あたしは、それしか言えなかった。
そんな時、隆がお風呂から上ってきた。
「出たよ〜」
すると、延光はスッと立ち上がり、
「早かったなぁ〜気持ち良かったか〜?」
いつもの延光に戻っていた。
あたしは、今夜下す延光の結論が気になって仕方なかった。
|