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夜空の三重奏
作:星河 翼



#17葵・心の傷・告白


 朝は、今日も快晴。
 また暑い日が訪れた。
 あたし達は、チェックアウトをすると、直ぐに、用意万端なのを確かめて、自転車に跨った。
 ここから、内子まで六十キロ。お昼頃には辿り着くだろう。
 道順としては、松前町から、伊予市を通って、中山町、そして、内子と言う順だった。
 あたし達は、街中を信号に阻まれつつ進み、そして、少し遅れたが、伊予市まで辿り着いた。
 そこで、お昼のご飯をコンビ二でゲットし、そこから中山町を目指す。その為、五十六号線と言う所を走った。
 だんだんと、家が少なくなり、山へと突入する。緑豊かな山。東京で見ることのない山がそこにある。
 川内町までの道でもそうだったが、何となく親しみと言うものを感じ始めている自分は、もしかしたら、都会より、田舎住まいの方が性に合っているのかも知れないな?なんて思った。
 山はそこに悠然とあり、川もあり、そして、蝉の鳴き声。鳥のさえずり。何もかもが心地良い。
 だけど、走っていく半ば、あたしの自転車がパンクしてしまうというハプニングが起きてしまったのであった。
「ちょっと待って!何か変なんだよ!」
 漕いでも漕いでも、前に進まない。重くて仕方なくなり、最後には、ガタンガタンと後輪が悲鳴を上げたのである。
 あたしが大声を上げたものだから、勿論、延光達は後方を振り返り、あたしの自転車の傍までやって来た。
「どないしたん?あ、これタイヤ、パンクしとるやん!どないしよ?このまま走り続けれるわけないし、自転車屋なんてこの近くに有るわけないわ。隆!お前パンクの直し方判るか?」
 って、隆に訊いたところで直せる確立もあるまいに……
「道具を思ってないから無理」
 って、道具があれば直せるのですか?隆!なんて突っ込みはともかく、困った事態が起こった。前に進めず、後ろに戻るには余りにも進みすぎた。
「よし!こうなったら、ヒッチハイクや!」
 何故そうなる?
「歩いていこうよ〜ヒッチハイクなんて〜」
 そんな事して、乗せてくれる訳ないでしょ?この人数に、この自転車の数!よほど大きいトラックみたいな車でも通らない限り無理!
 でも、
「ま、仕方ないね。歩くにはきついもの。後は天に祈りましょうか?」
 ああ、隆までそんなあてのない事を!
 あたしは呆然として、突っ立ったままだった。が、延光達は、既に自転車を道の脇に寄せて、来る車を待ち始めた。あたしは、それを、恥ずかしい気分で見て、そして、同じ様に、脇に自転車を止め、車を待った。
 待つ事、二時間。
 その間に止まってくれた車十台。思ったより反応はあった。しかし、自転車が有る事になると、皆、『ごめんね』と言って後ろ髪をひかれるような感じでその場を去った。
「あ〜あ、やはり無理だよ。そんなに都合の良い車が来るわけないよ!」
 炎天下の中、少し高地で涼しい風は吹くものの、日射病にかかりそうなくらい暑い。ひ弱な子だったら一発だろう。
「もうちょっと待ってみようや!もしかしたら来るかも知れんからなぁ?」
 延光はまだまだ!と踏ん張っているみたい。隆にいたっては、表情すら変えてない。
 まるで二人とも、神と言う存在を信じているかのようである。あたしは、そんな都合が良い事なんて有るわけない!とそう思ってたその矢先、
「あ、ほら!トラックや!」
 高知ナンバーの大きなトラックが走って来たのである。
 延光はその車の前に勢いよく飛び出した。あたしは、引かれる!と思って目を閉じたが、トラックは、ゆっくり止まったみたいだった。
「どうしたん?君達は!」
 トラックから下りて来たお兄さんは、まだ二十台くらいに見えた。かなり若い。
「自転車がパンクしたんや。ここから内子まで行こうと思ってたんやけど、歩くと凄い距離やし、荷物も多くて困っとるねん!」
 延光は、必死で今困っているとそう言った。
 するとそのお兄さんは、
「内子か〜通るけど、乗って行くか?君等、四国の人間じゃ無さそうじゃきい、大変じゃろ?」
 お兄さんは、そりゃ大変や!って表情であたし達を見た。そして、
「オレは、高知の足摺岬まで走るけど、内子までで良いのけ?」
「足摺岬?」
 どうやら、その言葉に延光は反応したらしい。
「すまんのやけど、もしかして、延光寺って知っとるか?お兄さん!」
 突然お寺の事を話し始めた。よほどそのお寺に興味があるとみえる。先にこのお寺の事を聞く辺りが、もう、それしか考えてないという勢いだった。
「ああ、知ってるよ。そこに最終的に行きたいのけ?それやったら、乗って行け。自転車は後方に積めるし、こんな田舎やから、荷台に人が乗っても怪しまれる事はそうないけ、オレはかまわんよ?さあ、はよ、用意用意!」
 延光の目は、嬉しそうに見開かれた。その様子を見て、あたしはそんなに思い入れの有る所なんだ。とやっと理解したように思える。実際の所が何かは判らないけれど。
 だけど、そんな延光を見る隆の目は、少し寂しそうだった。その理由は今の時点では判る筈もない、あたしであった。

 自転車を積み込み。あたし達はトラックの後ろに乗り込んだ。
 暫くすると、
「出発するきに、なるべく体乗り出さんように気をつけるように!」
 そう言って、運転席にお兄さんは乗り込んだ。
「はい!お願いしま〜す!」
 荷台に乗ったままあたし達はそう返事をした。
 
 自転車の旅の途中に、自動車に乗っているのが何だか変な気分。そして、延光と隆と改めて面と向かってゆっくり話をする体勢は整っていた。
 が、特別話す事が無いあたしは、山の木々を視界に入れて見守っていた。だけど、過ぎ去っていく景色が、過ぎ去る時間と同じように感じられて、あたしはまた、あの子の事を思い出した。
 そして、この旅の途中、決心していた事を話す事にした。
 そう、あたしの過去。そして、あたしの傷。
 これを聴いて、延光や隆達がどう思うか?それは判らない。けれど、高松の旅館で、隆に言ったことを思い出した。
 自分を知ってもらうためには自分のことを話す。
 それは気になっている、延光の過去を聴く為の平等な代価。
 この先、延光寺と言う所に着いたら、過去の事を知る事になるのかも知れない。だけど、それを目にする前に、あたしは話すべきなのかも知れないとも思った。
「聴いてくれる?これはあたしが家出をした切っ掛けとなった出来事。もう過去の事なんだけどさ……」
 流れ去る木々を見ながらあたしは、徐に話し始めた。まるで、昔話をするアニメのナレーションのようであるかのように。
 それを、何も口を挟まずに、延光と隆は聴く為にあたしの方に視線を向けた。
 聴く体勢を整えるといった感じは見られない。ただ、話たい事を話したら良いんだよ?と言う風に見ているのを、あたしは背中で感じた。
「あたしはさ、別に、家庭に問題があって家出したわけじゃなかったの。うちは、それなりの上流家庭だし、父は警視庁の人間。母は、専業主婦といった、或る意味恵まれてる家庭なの」
 そこまで言って、延光や隆はどう判断するのか心配になった。でも、何も言葉を掛けずに続きを話すようにと頷いているのが判った。
「あたしって、物心ついた時から、自分と両親以外の人間に心を許す事ができる人間じゃなかったの。どういうわけか、他人に対して本音をぶつけると言う事が出来無いし、関心を持つ事が出来なかった。そう言う自分の前に小学六年生の時、一人の女の子が現れたの……」

 そう、あの子と出逢った。
 春の桜が舞い散る四月。クラス替えが有ったため、あたしは六年生の教室の在る廊下を見回った。そして、自分の名前を見つけた。
 六年三組の教室の前。
 そのあたしの横で、このあたしの背よりも低い黒い瞳が丸々とした色白の女の子が、ピョンピョン跳ねながら必死で名前を見つけようとしていた。
「なんて名前なの?」
 見た事がない女の子だった。
 ま、あたしが人に関心がないから、ただ、今まで知らなかっただけかも知れない。
「海野ミサって言うんだけど……」
 ボソリとそう言った。人ごみの中だから、貼りだした名前が見えづらいといった感じだったので、
「あたしが探してあげるよ?」
 と言ってしまった。
「ありがとう〜見えなくて!」
 話し方から察するに、小さくても元気そうな女の子だなと思った。
「あ、有るよ。名前」
 あたしは見つけ出して、その子に告げた。
 するとミサは、
「ありがとう〜えっと、あなたもこのクラス?」
 と、問い返してきた。
「え、うん。そうみたい」
 あたしは、そっけなく応えた。
「名前は?同じクラスなら、仲良くしてね?あたしの友人って、皆違うクラスなの!」
 凄く元気一杯にそう言ったものだから、それに釣られて、
「あ、あたしの名前は葵。美空葵」
「葵ちゃんだね!あたしの事は、ミサって呼んでくれたら嬉しいな〜」
 とても人懐っこそうだった。それに、笑顔がとても似合う子だなとも思った。

 それからと言うもの、学校でも、その他の個人的な遊びでも、あたし達は束の間も離れるような事がなかった。常に、一緒でいるのが自然体。まるで空気を自然に吸える感じの様に。
「今日、お泊りしていく?」
 なんて事も何度も有った。
 宿題を一緒にミサの家ですることが日課で、たわいない話や、噂話をする事もあった。何故だか、その時が当たり前のようになっていた。
 ミサの家は、お父さんが実業家で、お母さんはパートをしながら家庭を守っていた。
 その為、ミサは一人でいることが多かった。が、友人は多い。でも、何故だか、あたしと一緒にいる時間が一番長いみたいだった。
 不思議だった。あたしは特別面白い人間じゃ無いし、人を寄せ付ける魅力などない。そう思っていたから、ミサに一度問いかけた。

「なんで、友人多いのに、あたしと一緒にいる時間が一番多いの?あたしといて楽しい?」
 そうしたら、
「何だろうね?葵ちゃんといる時が一番私らしく居られるの。だって、安心するんだよ?葵ちゃんにはそう言う空気が有るみたい」
 と本を読みながら、あたしの背にもたれて、クスクス笑った。
「そう……なんだ?」
 あたしは、自分の事を客観的に見てみることなど無かった。それに、結構突き放してると思うんだけど?それなのに、安心できる?
 お泊りの夜、あたしは、何気ないこの言葉にちょっとくすぐったい気分になった。
 そして、一年はあたし達の仲を深め、過ぎ去り、ついにあたし達は中学生になった。

 中学校も一緒で、クラスまで一緒だった。
「ほらね?何か赤い糸で結ばれてるんだと思うよ!」
 そう言って、ミサはクスクスと笑い、あたしの手を引き、クラスに入った。温かいミサの手はあたしの心を穏やかにしてくれた。
 一年B組。このクラスは色んな個性の豊かなクラスメイト達で賑わった。
「海野さんと、美空さんって仲良いのね!いつも一緒!」
 女子達はそう言ってあたし達の仲を温かく見守ってくれた。
 周りから見ても、そう見えるらしい。
 二人揃って小柄。あたしは色黒だけど、ミサは色白。そう言う二人が揃って話をしていると、仲のよい姉妹のように見えるらしい。
 何をするにも、一緒。班を作っても一緒。
 運命は、まるであたし達を温かく見守ってくれているようだった。

 それまでは…… 
 
 しかし、運命の歯車が狂う日が来た。
 ミサが何も話さなくなったのである。
 あの元気でコロコロとよく笑うミサが笑わなくなった。
「どうしたの?ミサ?」
 あたしは勿論心配して問いかけた。こんなミサを初めて見たからだ。
「葵ちゃん?私ね……もう駄目かも知れない。私がいなくなったら、困るよね?」
 ミサはそう言って無理に笑った。そう見えた。
「何言ってるの!居なくなるなんて……引越しでもするの?そんな事ないでしょ?あたし嫌だよ。そんなの!」
「だよね……うん。葵ちゃんのためにも頑張るよ!」
 はにかんでそう笑ったミサは、次の日学校に来なかった。
 その日だった。あたしがミサの悲報を知ったのは。

 お父さんの事業失敗で、家族で自殺。一家心中だったと、そう先生から話を聴いた。
 あたしは、身が凍った。
 ミサがもうこの世に居ない?
 何故?昨日まで一緒に居たのに!
 最期に聴いたミサの言葉は『頑張る』だった。それなのに……
 あたし周りが闇に包まれた。そんな気がした。
 あたしは、涙を流せなかった。周りの皆が涙を流していたのにもかかわらず……
 だって、信じられないから。今までの記憶は何処に仕舞い込めば良いの?あたしじゃ、駄目だったの?あたしの力が足りなかったの?あたし、何もミサに自分の気持ちを伝え切れてない!
 想いが空回りするばかりだった。
「クラス代表として、美空さん。あなたが代表で、葬儀に行って頂けるかしら?」
 今まで話して聴かせていた教師の言葉が頭に入って無かったあたしは、
「え?」
 と、疑問符を投げかけた。何を言ってるの?あたしが葬儀の代表?
 葬儀って何?あたしが何をするって?
 疑問符ばかりが頭を回る。整理が何もつかない。誰が死んだというの?
 皆があたしを見た。それが一番だとでも言うかのように。無数の瞳がこちらに向けられた。
 あたしは、何も考えられなくなり、ついにその場に倒れてしまった。

「人はね、余りに愛しすぎる人を失うと、生きる目的を失って、大変な事になるのよね。その後あたしは、ミサの死に顔を見ること無かったの。代表として行く事ができなかった。あたし……何も喋る事ができない失語症にかかって、一年を棒に振ったの」
 そう。余りのショックで、言葉を無くしてしまった。そして一年間私立の学校だったため、単位を取れず留年したのである。
 だから本当だったら、中学三年生のはずなのだ。
「でもね、やっとこの旅行で、ミサの事を走馬灯のように思い出して、そして、やっと泣く事が出来たの。そうしたら、何故だか忘れる必要は無いんだと判った。いえ、逆に忘れてはならない事だったの。あたしはこのことを忘れようとして、逆に自分を縛ってたんだと思う。そして、心の何処かで人を好きでいられたら良いのにと思うことが出来るようになった……それってどう思う?」
 あたしは、ミサの事を延光と隆についに話してしまった。
「葵っちの傷は、とても大好きだった人を失った事の悲しみやったんやね。オレは、その……その、この旅を通じて、大切だった思い出を、忘れちゃいけないと思ったんやったら、それは、葵っちが出した大切な答えやと思う。もうこの世に居ない人を思い出すことを、女々しいとか思う必要は無いわ。だって、人間は誰しも弱い所があるもんやもん。このオレやって、強くない。それを隠すために、笑って生きようと思ってるだけや。そして、いろんな人と会話して、そして、好きになって……出逢いがあれば、勿論別れだってある。旅はその典型的なものや。好きになる人間が出てきて、それを大事にする事は大切や!って思うよ?」
 延光は、下を向いてそう言った。もしかして泣いてる?声が、何だか震えてるような気がした。
「ボクも、延光と同じ。人間って、絶対一人では生きて行けないんだよ。家族と言う繋がりは、立ち消える事は無いけれど、その他の友人との別れは必然。一生一緒なんて事は無い。ボクの場合は血の繋がりのない家族だけど、それでも、家族だ。葵ちゃんは、とっても大切な友人を一時でも得られた。失った理由は凄く残念だと思うよ。ボクにはその気持ちを理解しろといわれても無理だけど。だけど、忘れちゃいけないよ?心にある思い出は、写真のように形に残るものではないけれど、凄く繊細に心に残る物だと思ってる。そう、きっと、そのミサちゃんという女の子も、天国で願ってくれてるはず。自分の分まで人との係わりを絶たないでねってね」

 隆君の言うとおりだよね?
 あたしの失語症が治って、こんな風に旅をして、得ている価値と言う物を色々心に焼き付けられている。こういうあたしを、恨んだりはしてないはず。もし恨んでるとしたら、顔を墓前に出してない事だ。

「うん。話してスッキリしたよ。東京に帰ったら、真っ先に、ミサちゃんの墓前に行こうと思う!嬉しい言葉を、ありがとう」
 あたしは、やっと、肩の荷が下りたような気がする。
 もう、泣きたい時は、自由に泣いても良いんだとそう悟った。
 そんな昔話をしている頃に、内子町と言う標識が見えた。
「さて、内子だよ!まだまだ先は長い、何か面白い話でもしようか?延光君、何かネタない?」
 なんて湿った会話はここで中断。
 もうあたしは迷わない。ミサのためにも。
 あたしはこうやって生きているのだから!
 その後は、白い佇まいの家々のある道を見ながら、しりとり合戦、や、トランプをして、道中を楽しんだのである。












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