#10旅行前夜
「そう。判ったわ。それでは、延光達と一緒に行くのね?葵ちゃんは」
朝食を食べ終わったあたしは、亜希子さんの片付けを手伝い終わり、おばさんの書斎に向かった。そして、明日からの旅行の自分の身の振り方を伝えたのである。
おばさんは、特に注意をする事はなかった。逆に、
「あの子達となら、葵ちゃんの探してるものが見つかると思うわ?」
と言って、微笑んだ。何故、延光と隆との旅行の方を選んだ事が、あたしの探すべき物が見つかると言うんだろうか?なんて不思議に思いもしたけど、自分もやはり、同年齢の子達との方が、馬が合うし、それに話も合う。ま、延光とは、悪役と正義の味方の意見が食い違ったかも知れないけれどもね?
でも、話す事は沢山あるだろうし、同じ物を見て、共感できる環境づくりってのは必要だと思う。
例えば、延光の部屋の秘密の部屋。
延光にあんなロマンを感じる趣向をする所がある所なんか見て、実際共感できたし。隆は、あたしにとって、信頼できる人間であるし。時々延光に毒されてる所有るなって思ったりするけど……でも、二人とも良い奴である事は、間違いない。
「それでは、これ。葵ちゃんの旅費ですよ。余り、うちの施設も余裕が無いものだから、大した金額にならないけど。使ってね?延光と同じだけ入れておいたから」
と、一通の茶封筒を渡された。中には、福沢さんが十枚入っていた。
「え?でも……」
あたしは、これを手渡されて、焦ってしまった。が、
「東京に戻ったら、返してくれて良いから。気にしないで使って?」
と、おばさんは、別段何事も無いかのように笑った。
「おばさん。此処の住所教えてください!必ずお返しします!書留で送りますから!」
あたしは、自分を信用してお金を貸してくれたんだとそう判断し、言葉を返した。
「ええ。待ってるわ。このメモ帳に、書いておいてあげるから、無事自分の旅を終えて帰ってらっしゃい!それをわたくしは祈っているわ?」
「ありがとうございます!」
あたしは、おばさんに感謝の気持ちを込めて深々と一礼し、書斎を出た。
「葵っち〜!旅行の用意は出来たんか〜?」
あたしが書斎を出て、一階に下りた時、そんな呼び声が響いた。
どうやら、延光があたしを捜しているらしい。あたしは何だろう?と、急いでその声の方へと小走りで駆けた。
延光は、自転車置き場に居た。隆もそこに居た。
「葵っち?自転車、これ使えや?」
と、指差したのは、ちょっと古い型のギア付き自転車だった。
「これって、何処から?」
「奥の倉庫探してたら出てきたんや。オレも、このギア付き五足の自転車使うつもりなんよ。やから、葵っちも使えや?」
って、それに跨ろうとしたが、ママチャリに慣れてるから、こう言ったギア付きの自転車って跨るのが難しくて、片足付いてよろけた。
「女の子乗りしても駄目だよ。こうやって、後ろから前に脚を回す感じで……」
と、隆が実際解説してくれた。
うむむ。これはスカートって訳には行かないな……って思った。この旅は、ジーンズか短パンしか着れそうにないや。
ちょっと海辺でスカートが靡いてる自分の姿とか思い浮かべたが、全て煙のように消えた。
「ま、もう一回乗ってみろや?練習しとき?自転車で、瀬戸大橋付近まで出るんやから!」
ん?今、何と言ったかね?延光!
「ちょっと待って!列車での移動じゃないの?隆君!延光君が何を言ってるのか?あたし理解不可能なんだけど!」
あたしは、グラグラする頭をどうにかしたかった。何を言ってるんだ?この男は!
「うん。どうしても、四国四県回りたいから、予算が足りないんだって。だから、ヒッチハイクすることにした」
ヒッチハイク〜!だと〜!
足先まで響くくらい頭を殴られた気がした。
「隆君!止めてよ!延光君を!」
てか、有り得ないから!
「だってさ。諦めなよ、のぶちゃん?僕も無謀だと思うよ?」
隆は、だから言ったでしょ?って表情で延光を見た。が、延光は引かなかった。
「んじゃ、他に何か良い方法有るか?無いやろ?」
と言う事で、また話が行き詰った。
「あのさ、何で四国なの?他に近場でも良いじゃん!海渡らないで、済む所とかさ?」
あたしは、何故こんなに延光が四国に拘るのか?それが理解出来なかった。
「四国四十八箇所。お遍路さん回りしたいんよ?」
と、言ってニチャっと笑った。どうもそれは何かを隠す口実のような嘘のように感じられて、あたしは疑いの目で見た。
「まあまあ、落ち着いてお二人さん?」
隆が慌てて、あたしと延光の間に入った。
「葵ちゃん?祐ちゃんは四国に行かなきゃならないんだよ?どうしてもね?」
と耳打ちした。
「取り敢えず、ヒッチハイクは無しにしないかな?堅実的では無いとボクも思う。海を渡るのには、橋。または……」
と言って、そこで区切れた。
「そっか、船って手が有るんか!」
「そう言うこと!」
と言って、隆は指を一本立てた。
もしかして、隆はこの事に気がついていたのか?とあたしは薄々感じたが、どうしてもっと早くに言ってあげなかったんだろう?と腑に落ちない。ま、あたしはこっちの方がまだ健全だと思って何も言わずにおいたけどね?
「んじゃ、近場の港探さんとな?何処か在ったか?」
自転車置き場の内の一つのサドルに一枚の地図が載せてあった。それを延光は手に取ると、地面に置いておっぴろげてしまった。
「あ、宇野港があるな。これで、高松まで行けるんか?この航路使えたら、乗せてもらうんも良いし?どうやろ?」
目ざとく見つけた延光は、勇気ランランな感じでそう言った。
「問い合わせてみたら?」
隆は、そっけなく言った。さっき庇ったのに、今度はそんなにあっけなく突き放す?あたしはこの二人のちぐはぐな所が気になってしまった。
でも、それには何か理由があるはずだとも思う。さっきあたしに囁いた、『四国に行かなきゃいけない』と言う理由。そこに、延光という人物に係わる何かが有る訳だ。でも、その旅に同行しても良いってこと?まあ、隆も行くんだから、それに関して隠し立てをする必要は無いってことよね?
「そうする!」
延光は、一目散で家の中に飛び込んでいった。
「ねえ、隆君……四国に何があるの?」
あたしは、今この場で聴きたかった。今なら延光は居ない。機会は今しかないと思う。
「追々、判ると思うよ?ただね、のぶちゃんの前では余り四国を非難するようなことは言わないでおいてくれない?」
事実は結局判らずじまい。でも、延光にとって、四国は大切な場所なのだと判った。それだけでも、良いよね?何て考えてる自分がいた。
十分後位に、延光は戻ってきた。
「二百円で行けるやん!自転車は、別に三百四十円掛かるみたいやけど!」
どうやら、何とかなるらしい。それも、一時間弱で着くなんて凄いことだ。
「後は、時間やな〜何ていうか、便は結構有るみたいなんやけど、こっちは自転車で宇野港まで行くわけやろ?途中どう言う事になるか判らんしな〜」
なんて、延光らしくない言葉を吐きやがる。言いだしっぺが、張り切らんでどうするよ?
「それだけ判れば何とかなるよ。のぶちゃん?その後は、やるだけやってだから、大丈夫だと思うからね?」
ああ、今度は隆の優しい言葉ね。呆れるわよ。何て思ってた、あたしは浅はかだった。その時は……
旅費が浮いて、後は四国一周に掛かる食事代や、宿代。
結構な金額の旅費を持ってるわけで……次は気をつけなければならない。もう、失う訳にはいかないのだから。そう思うと、あたしは、旅費を、色んな所に隠し持つことにしようと思い立った。
「夕食も終えて、皆、明日からの旅行に心躍ってるね?」
あたしは、朝の自転車練習を終えて、少しだけ疲れ気味だったが、隆のその言葉に、確かに皆ウキウキしてるのが判った。優香ちゃんなんて小躍りしながら足が地に着いてないような感じ。開放感一杯である。
あたしも、一人旅をしようと一夜野宿してから、此処にたどり着くまでは、端から見るとあんな感じだったかも知れないな〜なんて思う。で、つけ込まれた訳だ。あのおじさんに……
気をつけよう。何処で何が起こるか判らないのだ。旅行って物は。なんて考えるとちょっと悲観的か?思わず苦笑いした。
「隆君達は、荷造り終わったの?」
あたしは、余りバタバタしていない隆に問いかけた。
「うん。もう、支度は昨日終わらせたから。ただ、のぶちゃんは未だみたいだけどね?」
用意周到!流石、隆って感じ。
「手伝ってあげないの?」
「うん。のぶちゃんは、自分でしたがるだろうから。手伝わなくても大丈夫」
心配をしてる風ではない。また、突き放してる風でもない。全く何を考えてるのやら?
「んじゃ、あたしも、少ない荷物を纏めて来るね。色々女の子は大変なのよ?」
クスクスと笑って、あたしは居間を出た。
二階に上ったあたしは、早速お父さんに買って貰った鞄の中の服を整理した。タンクトップと、Tシャツ、ジーパンと半ズボン関連を全て取り出して、綺麗に畳み直した。
後は、ショルダーバッグの中身も必要な物とそうでない物との仕分けをした。通帳なんかは必要ないし、お財布は取られてしまったので、亜希子さんにがま口財布三個と、普通の財布を貸してもらって、お札を入れ、色んな所に別けた。
一つにしてしまったら、それこそ落としたら最悪。なので、ショルダーの中身は、一万円しか入ってない状態。これでも結構な額だと思ったけど、今はそれも仕方が無い。福沢さんが一枚ペロリと入っている状態だ。
「もう、旅行の支度は出来たの?」
やっと片付いた所で、亜希子さんが入ってきた。
「はい。今度は完璧です!」
まるで、二度と失敗しないように気を付けました。みたいな良い回しだなと自分で言った後に気がついた。
「そう。良かったわ。あ、お風呂沸いてるから、入ってらっしゃいな。延光君達との旅行でゆっくりお風呂が入れるかどうか?な旅行になりそうですものね?」
亜希子さんは、これから荷造りを始める所のようだった。でも、きちんと整理されたこの部屋を見たら、亜希子さんの用意なんて直ぐ出来てしまうだろうな〜なんて思う。
「じゃあ、あたしお風呂借りてきます!」
ゆっくりと、あたしは腰を上げて、此処であつらって貰ったパジャマと、下着関連を持ちお風呂へ向かった。
ゆっくりのんびり入るお風呂は、今日から二週間ほど出来なくなるのか〜?何て思って、髪や身体を洗い流した後、湯船に浸かった。
決して広くはないお風呂。換気扇の無いお風呂。ジェットバスでは無いお風呂。自宅とは全く違ってタイル張りのお風呂。
初めは驚いたけど、こうやって入ってみると、凄く落ち着く。ごく普通のお風呂ってのも良いものだ。
湯気で雲って、設えているガラスは自分の顔も映し出さない。それを、手で拭って露を取る。髪。切ってきて正解だった。なんてことを思う。
実の所、夏休みが始まって、この旅行を切っ掛けに、長い腰まで有る黒くて艶のある自慢の髪を切り落としてきた。
只でさえ、子供体系なのに、髪の毛を切って、より幼くなった。というか、もう、少年と同じだ。
此処に来てから、陽に晒されることもあって、顔が小麦色に変色してきている。
きっと、明日からの旅でもっと色が黒くなるんだろうな〜なんて考えると、夏休み明けには誰だか判らない別の誰か?になってる事だろう何て考えておかしかった。
まあ、それも良いか?ひと夏の、良い経験と言う物だ。
あたしは、湯船から出ると、一流しし、少し日焼けした少しパサついた髪をタオルで巻くと、気持ちを切り替えて、お風呂を出た。
そして旅行当日を迎える事となる。
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