守の章 少林寺拳法部ってどんなとこ? 1
「行ってきまーす」
かりんは母にいい、家を飛びだした。
母・夏子ももうすぐ仕事に行くだろう。夏子は地元のスーパーの職員として働き、その収入をもって娘を養っていた。仕事はどちらかというとやりがいがあり、ぜいたくさえしなければ、母子は楽に生活ができた。娘の将来を考えて月々貯金を積み立て、夫がいなくて大変な面もあったが、夏子はそれなりに充実した人生を送っていた。
かりんは自転車で通学をした。赤いおんぼろのママチャリに乗り、さっそうと道をゆく。坂道をいくつか登っては下り、流れる風景を眺めるのが好きだった。学校までは三十分ほどかかったが、かりんはそれを苦とはしなかった。
高校は共学だった。この学校に入ったのは、たんに自分の学力に応じていたからであり、それ以上でもそれ以下の理由もなかった。中学からいっしょに上がった友達も多く、学校には勉強をするよりも、そういう友人たちに会いに行くという感覚のほうが強かった。
かりんはいつも早めに学校へ行った。たいていいちばんに教室に入り、窓をあけることがいつのまにか彼女の習慣となっていた。そしてクラスメイトたちが登校するまでのんびりと予習をしたり、読書をしたりして過ごすのだった。
学校でのかりんは、まじめでごくふつうの生徒として通っていた。明るくてよく笑い、勉強や運動もでき、そのうえ美人ときては男子にもてないわけがなかった――が、まさかその同じ彼女にべつの面があろうとは、だれも思いもよらなかったであろう。
そのべつの顔は暗くて陰気で、お金のためならば平気で肉体を売ることができた。ついおとといも三万円ほど稼ぎ、それでずっと欲しかった服を買ってきたところだった。
あれ以来、かりんは有田先生との会話のことばかりについて考えていた。有田先生は生徒のあいだでは絶大な人気があったのだが、かりんはなんとなくその理由がわかったような気がした。先生は優しく、話もおもしろかった。生徒の気持ちをよく汲み、ただ頭ごなしに注意をするほかの先生とは違った。有田先生の授業が受けられないのが残念なぐらいだった。
「星野。きょうの放課後、楽しみにしとるぞ」
ろうかで有田先生とすれちがったときに声をかけられたが、実際かりんは朝から気もそぞろだった。
三宮の夜、話をしたあと、先生は駅の改札口まで見送ってくれた。いい父親とはきっとこんな感じなのだろうと、かりんは胸の内が温かくなる思いがした。
「どうだ、星野。きみはたしかどの部にも所属していなかったよな。月曜日にでも少林寺拳法部をのぞきに来ないか」
別れぎわに先生はそういってくれた。
かりんが目を輝かせたのは、少林寺といえばあこがれの北沢信二先輩がいるところだったからだ。部の主将であり、今年の拳法部は北沢先輩のおかげで新入部員――とくに女子――が多かったという話だ。
正直なところ武道にはあまり興味がなかったが、これは先輩に近づくチャンスだと思い、かりんは即座に、はいと答えた。もちろん入部する気など毛頭なかったが、見学するぐらいはいいだろう。
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