離の章 卒業式
最終審査から一週間後、かりんは卒業式を迎えた。
「大学へ進学する者、社会に出る者――」
壇上では校長先生が祝辞を述べていた。
「それぞれに歩んでいく道は異なるけれども、わたしは諸君一人一人の今後のご活躍を心より期待しております」
かりんは体育館に並べられた椅子のひとつに座り、静かに呼吸を整えていた。もうこれで高校生活も終わりかと思うと、彼女はしんみりとした気持ちにならずにはいられなかった。結局かりんの三年間は少林寺拳法が大半を占めた。たしかに苦しい場面もあったが、いまではすべてがいい思い出に変わっていた。
有田先生のほうに目をやる。先生は目を閉じ、なんだか感慨深げな表情を浮かべていた。先生との出会いがなければ、かりんは当時のすさんだ心のままであったにちがいない。
あのころいっしょに援助交際をしていた仲間がいたが、その後の彼女はあわれな末路をたどったと風の噂で聞いた。彼女はかりんより五歳ほど年上だったが、風俗店で働くようになったのはいいが、そのうちに覚醒剤に手を出してしまい、麻薬の適量超過から心臓発作を起こし、そのまま帰らぬ人となった。あるいは自分もそうなっていたかもしれないと考えると、かりんはぞっとする思いがした。
どれだけ有田先生、そして福本先生に救われてきたか。かりんは感謝をしても感謝しつくすことはできないだろう。もし恩返しができるとすれば、それは自分のがんばっている姿を見せるしかないだろう。
卒業式のあいだじゅう、かりんは気持ちを静かに保ち、懸命に涙をこらえていた。あまりにも美しく、輝くような高校の日々――もうこの生活ともお別れだと思うと、どうにも寂しくなってくるようであった。
「わたしは諸君と共にこのめでたき日を迎えることができたことを、大変に喜ばしく思う。諸君、ご卒業おめでとう!!」
校長は力強く、そして高らかに声を上げた。
その言葉が胸に響き、かりんはぽろぽろと涙をこぼした。
「いっしょに写真を撮らせて」
式が終わると、かりんはまたたくまに囲まれた。校庭でのことである。
かりんが映画に出るのだということはあっというまに広まり、同級生からも他のクラスの者からもかりんは握手やサインを求められたりした。といっても、まだ決まったサインなどなく、かりんはたどたどしい文字で名前を書くだけだった。その点は留学時と同じだった。
「でも川村みゆきと共演やで! もうすごすぎ――!」
クラスメイトの一人がはしゃいだ。
「わたし、絶対に映画を観に行くからね」
べつの子がいうと、クラス委員長をしていた男子が、
「おれはファンクラブに入っちゃうぞ」
とうれしそうに宣言した。すると級友たちは口々に、わたしも、おれも、といいあい、場はまたたくまに賑やかなものとなった。こう見るとかりんにはもとからスター性のようなものがあったのかもしれない。つい目立ってしまうというか、彼女にはたしかに人を引きつける魅力があった。
このあと、かりんとさゆりが向かった先は、学校の武道場であった。すでに部員たちは集まっており、かりんとさゆりもその輪に加わった。ここで在校生たちは卒業生の一人一人に花束を贈呈していき、かりんに花束を渡す役目を果たしたのは朋美だった。
「先輩、卒業おめでとうございます!」
「ありがとう、朋美」
二人は熱く見つめあった。
かつて恋のライバル同士であったのは、いまでは先輩後輩を越えた友情で強く結ばれていた。
「かりんちゃん」
と声をかけられ振りかえると、目の前に立っていたのは福本先生だった。
「お母さん……」
かりんは考えるよりも早く福本に飛びついていた。福本はそんなかりんをじつの娘のように優しく抱きしめた。
福本の全身から発せられている甘い香りに、かりんは目をつぶり心地よく漂った。もうこの温もりともお別れだと思うと、いよいよ感傷的にならずにはいられなかった。
「お母さん……」
もう一度つぶやく。
しばらくそうしたのち顔を上げると、有田が慈愛に満ちた表情で福本のとなりに立っていた。
「お父さん……」
かりんがいうと、有田はゆっくりとうなずいた。
「星野!」
ずっしりと腹に響く声で有田がいった。
「はい」
とかりんは返事をした。
「これからが本当の勝負だぞ!」
有田はさっきよりも大きな声で宣言し、それに応えるように、
「はいっ」
とかりんは声を張り上げた。
「負けるんじゃないぞ!」
最後に有田はいい、かりんはすこし潤んだ瞳で、
「はいっ! わたし負けません!」
と約束をし、こうしてかりんの波乱に富んだ高校生活は幕を閉じた。 |