離の章 母の祝福
「さあ、わたしも帰るとするか」
自分にいい聞かせるようにつぶやき、かりんは荷物を詰めはじめた。
すると、一つの人影が自分のほうに寄ってきた。またえり奈が戻ってきたのだと思い、かりんは顔を上げた。だが、そこに立っていたのはえり奈ではなく、なんと自分の母親であった。
「――――!」
かりんはすぐに言葉が出なかった。
「おめでとう、かりん」
驚くほどに優しい表情で、母がそういった。
「お母さん……」
かりんはやっとそれがいえた。
母の後ろに立っているさゆりと目があい、かりんはすぐに事情を察した。おそらくさゆりが最終審査のことを母に知らせたのであろう。
「かりん、これまでごめんね。わたし、ひどいお母さんやったね」
夏子はしんみりとした眼差しで、娘のことを見つめた。むかしは腕の中にすっぽりと収まるほどに小さかったのに、いまでは女優になるのだという大きな夢をいだくまでに立派になった。夏子はときの流れの早さを実感せずにはいられなかった。
「お母さん……」
かりんは瞬時にして胸が飽和状態になった。
女優になろうと決めたとき、なによりも悲しかったのは母に反対されたことだった。赤の他人であればまだしも、母といえば自分を産んでくれた唯一の存在ではないか。その母の理解が得られなかったことにかりんは傷つき、なんだか裏切られた気分にもなった。
だが、母はいまごめんねと謝ってくれている。かりんは心の深いところでなにかが癒されるのを感じた。これまで抑えていた感情が一気に噴き出ようとしていた。
「おいで、かりん」
母は優しくいい、両腕を広げた。
「お母さ〜ん」
かりんは母の胸に飛びこみ、子供のようにえーんえーんと涙をあふれさせた。
「うんうん。よくがんばったね……よくがんばったね……」
母はわが娘を強く抱きしめ、こうしてかりんのオーディションが終わっていった。 |