離の章 かりんちゃん
表彰式も終わり、控え室に戻ってからのことである。
「かりんちゃん」
と呼ばれて驚いたのは、なんと声の主が吉沢えり奈だったからだ。ちゃん付けとは、いったいどういう風の吹き回しだろうか。それともたんにからかっているだけなのか。
かりんはえり奈のほうを向いた。えり奈は怒っているようにも、不機嫌にも見えた。二人はにらみあったまましばらく対峙した。
「一応おめでとうといっておくわ、かりんちゃん」
えり奈はいい、口の端のほうだけでにやりと笑った。舞台の上であれだけの存在感の差を見せつけられては、えり奈はもはやこれ以上なにもいうことはできなかった。完敗を認めるほかなかった。
「ありがとう」
えり奈が精いっぱいの虚勢を張っているとわかり、かりんはふっと肩の力が抜けた。
「あとこれ返してあげる」
といい、えり奈は背中に隠していたかりんの武道着を出してきた。
かりんは黙ってそれを受け取った。あのときはたしかに腹が立ったが、考えてみればえり奈のおかげであのような演武を見せることができたともいえる。そういうことで、ここはむしろ感謝をしてもいいぐらいだった。
「ありがとう」
かりんは短くいうと、えり奈は複雑な笑顔を浮かべた。
「じゃ」
えり奈はかばんをさっと肩にかけ、手を挙げた。
「じゃ」
かりんがいうと、えり奈はそのまま控え室を出ていこうとした。
「あ、それと」
出口でえり奈が振り向いた。
「わたしのことはえり奈“ちゃん”って呼んでええからな」
と、ここで彼女ははじめてすなおに笑った。笑うとあたりがぱっと華やかになり、かりんは一瞬その笑顔に見とれた。
「じゃあね、かりんちゃん」
えり奈はもう一度手を挙げた。
「じゃあね、えり奈ちゃん」
かりんも手を挙げ、彼女を見送った。 |