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ファイト! かりんの青春日誌
作:天野美里



守の章 先生とのおしゃべり 2


「それにしてもトム・エリックソンとメグ・ウッドバーグっていい演技をするよな」
 有田は二人の名優について知っていることを披露した。実際、先生は本当にいろんな知識を持っていた。かりんはその博学ぶりに非常な驚きをおぼえた。人は見かけによらないと思ったのだ。
「星野はどの俳優が好きなのかな」
 とたずねられ、かりんはしばらく考えたのち、何人かの男優や女優の名前を挙げた。
「なるほど。なんで彼らが好きなんだ」
 有田はさらに質問を重ね、かりんは思うところを正直に述べてみた。気がつくとかりんは雄弁に語り、それに対して有田は真剣にあいづちを打ち、ときには自分の意見もいい、こうして先生と生徒はいつまでも映画の話に花を咲かせた。
 これこそが有田の狙いだったのだ。星野をひと目見て有田が見抜いたのは、彼女はおそらく父性の愛情に飢えているだろうということだった。彼女の父親は仕事などでいつも家を空けている人なのか。それとも高圧的な人で、彼女はまっすぐな愛情を受けられていないのか。あるいは離婚や死別といった理由で、はじめからその父はいないのか。
 のちにわかり、有田がびっくりしたのは、この生徒の場合ほぼすべてが当てはまることであった。
 幼いころ、父親は残業で毎日のように帰りが遅く、朝は朝で出勤が早かったので、ふだんかりんはほとんど父と顔を合わせることがなかった。父と接することはあっても、優しい言葉をかけてもらった記憶はなく、印象に残っているのは父が自分をたたいたり叱ったりするときの怖い顔だけであった。しかも小学校に上がったその年に、彼女はその父と別れて暮らすことになった。両親が離婚をしたからだ。
 かりんという人間が形成されるまでには、このような複雑な環境背景があったのである。ある意味において、彼女は父を知らずに育ったともいえる。父の影を異性に探し、与えられなかった愛情と温もりを求めて彼女が援助交際に走ったのはそう不思議なことでもなかった。すくなくともセックスをしているあいだは、そこには欲するすべて――相手の全注目と温もり――はあった。
 ただそれは本物ではなく、あくまでもお金を介した代償にすぎない。いや、ことが終わったあと空虚感が余計に深まるところから、ひょっとすると代償にすらなっていなかったのかもしれない。
 もちろん有田はかりんが売春行為をしていることは知らない。だが、彼女の表情や態度から彼女が父性の愛情に飢えていることをすばやく見てとった。彼女の男性を見るときの目の角度や瞳の潤みぐあい、媚びるような身のこなしや仕草、笑い方、そしてとても高校生らしくない、全身から発する妖艶なフェロモン――かりんにはそれがあった。
 実際、彼女は男子生徒によくもてた。それは右のような理由からなのだが、彼女自身すべて無意識のなせるわざであった。彼女はまったくそのことを認識していなかったが、とにかくそれが真実であった。彼女を本当に満たせるのは無条件の父性であって、そういうことからお金を介する条件つきの関係では、とうてい彼女の満たされない心を解消することはできない。
 もう一つ、彼女を満たす方法がある。それは逆に彼女が無条件に愛せる男性とめぐりあうことだ。相手がどうであろうと真に許し、受けいれられる存在のことである。
 だが、これはきわめて困難な条件であった。というのも、かりんの父親は娘に対していつも厳しかったうえに、そのままどこか遠くへ行ってしまったのだから、彼女はいまだに父親――あるいはすべての異性に潜在的な不満と怒りを抱えていた。彼女が男性を前にするとつい構えたり、攻撃的になったりするのはそういう理由からだった。
 たとえばもし父親がつねに優しく、愛情を注いでくれる人であったならば、かりんはこの幼児体験をもとに異性との関係を確立していったであろう。だが、残念ながら、彼女にはそういう規範がなかったのだ。
 かりんはこれまでに何人かの男の子とつきあってきたが、それほど深い仲に発展しなかったのは、彼女が異性との接し方を知らなかったからだ。また彼女の交際相手は全員、判を押したように同じタイプであった。高圧的で優しさに欠け、そう、みな彼女の父のような異性ばかりであったのだ。
 両親が離婚をしたことも、彼女の心に影を落としていた。だれかとつきあったとしても、いつかこの人も自分のもとから消えてしまうのではないかという不安――もちろんこれも無意識の思いではある――があった。
 ついでに、彼女がセックスを気持ちよく感じない理由についてである。これも彼女の幼児体験に原因があった。赤ん坊のころに彼女は父に滅多に抱きあげてもらえなかったのだ。愛情のこもったまなざしであやされることもすくなく、この致命的といえるほどのスキンシップ不足から、彼女は本来男性に抱かれるのは気持ちがいいことであるとは知らなかったのだ。そういうことから男性に肌をふれられたりすると、彼女はなぜか居心地のわるさを感じるのだった。
 そして彼女が真の父性を与えられるまでは、この状態はつづいていくであろう。だから有田はなんとかかりんとの共通の話題を探し、楽しくおしゃべりをする努力をしたのだ。有田は彼女に真の父性を示そうとしたのであり、そうすることによって彼女は癒やされうるのである。
 もっとも、これは一夜でなしうるようなことではなく、やはり継続的で長期的な関係を確立する必要はあるだろう。












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