離の章 始まり始まり
本番が始まるまで二時間ほどあったが、それまでにリハーサルが行なわれた。また、事前説明では自由演技審査のテーマが発表され、その内容を聞くとかりんは言葉を失ってしまった。題目は<恋人の死>だったからだ。自分の恋人が交通事故で死亡したという知らせを受け、そのあとの心理状態を表現することが課題だったのである。
他の受験者たちはさっそくテーマに取り組みはじめたが、かりんだけはなにも考えられずにぼうっとした。選りによって恋人の死がテーマとは、いったいどういうことであろうか。これは運命のいたずらなのか、それともなにか試練を与えられているとでもいうのか。
あれから一年半以上になる。自分では彼の死を乗りこえられたつもりでも、ふとした拍子に感情が奔流となってあふれそうになる瞬間が、たしかにある。ふだんは理性で抑えているが、心の奥のほうでは彼を求める気持ちがないともいいきれない。
そう思うと、かりんは急激に彼に会いたくなってきた。これからの一生を左右するかもしれないオーディションに臨もうという大事なときに、なにもわざわざ亡き恋人のことを思わなくてもいいのに、かりんは勢いよく湧き上がってくるせつなさを押しとどめることができなかった。
だが、いまは本番直前だ。とうてい感傷にひたっている場合ではないだろう。かりんは無理に自分をごまかし、集中力を高めることに努めた。
やがて時間となり、十二名のファイナリストは舞台袖へ案内された。
「大変長らくお待たせ致しました。ただいまより映画『押忍! 空手少女』の最終審査を始めさせていただきます」
司会者が開会宣言をすると、少女たちは一列になってステージへ出ていった。
大きな拍手と共にパチパチとフラッシュが焚かれ、場内は一気に華やかさを見せた。かりんは顔には微笑を掲げていたが、心の内ではやはり竜介のことを引きずっていた。この極度に緊張した雰囲気に、余計に彼を頼りたいという気持ちもあったのかもしれない。
まずオーディションの審査員長からの言葉があり、つぎに映画監督やプロデューサー、プロダクションの人間を含める八人の審査員が紹介された。会場には多くのマスコミ関係者もおり、審査会はすべての面において二次とは規模が違った。それだけにファイナリストたちにかかるプレッシャーも大きいだろう。
「それでは、ファイナリストのみなさま一人一人に元気よくあいさつをしていただきましょう」
という司会者の合図に、少女たちは順番に自己紹介をしていった。かりんは八番目で、九番目は吉沢えり奈だった。
このあとは課題演技の審査に入った。各自にあらかじめ送られた台本に沿って、ファイナリストたちは一人ずつ順調にプロの俳優を相手に役を演じていったが、星野かりんの演技を見て首をかしげたのは、エグゼクティブ・プロデューサーの朝山栄次郎だった。
「おかしい……おかしい……」
腕組みをした朝山は何度もうなった。
ペガサス映画会社の関西支社に籍を置く彼は、関西地区審査にも立ちあった。だが、あのときの星野かりんと今回の星野かりんは別人ではないかと疑ってしまうほど、いまの彼女はまるで精彩に欠けていた。
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