守の章 先生とのおしゃべり 1
有田は駅前広場に適当な場所を探すと、そこに腰を下ろした。
「さっ、星野。座りなさい」
有田はいい、自分の横を指した。
かりんは一瞬の躊躇をみせたが、結局先生のいうとおりにした。
「で、きみはなにをそんなに困っとるんだ」
単刀直入に聞かれて危うく援助交際のことをいいそうになったのは、有田の内面からあふれだす優しさにふれたためであろうか。
「……べつに……」
かりんはうつむき、心を隠そうとした。が、有田の前ではそれもままならず、彼女は葛藤に追いこまれた。
ありのままを告白すれば、あるいは楽になるのではないか。この先生であればわたしを苦しみから救ってくれるのではないか。いや、そうではあっても、先生に援助交際のことなど話せるわけがないではないか。どこのバカがわたしは売春をしていますと告白をするだろうか――と、かりんの頭のなかを瞬時にしてさまざまな思いが駆けめぐった。
有田は口をぐっと結んだまま、そんなかりんをただじっと見つめていた。心中を見抜かれているようで、かりんはいいようのない居心地のわるさを感じた。それに耐えきれずにかりんはすべてを洗いざらい打ちあけようと口をあけた――まさにそのとき、先生のほうがわずかに一秒ほど早く話しかけてきたのだ。武道でいうところの先の先である。
それもそのはずで、有田政二郎というのは少林寺拳法部の顧問でもあったのだ。かりんの切迫した雰囲気に、彼女が容易ならぬことをもらすのではないかと、有田は彼女の機先を制したのである。ものごとはいきなり核心にふれるよりも、まわりからゆっくりと近づいていったほうがいい場合もあるからだ。
はたして有田はそうした。
「星野、きみはなにが好きなのかな」
なんの脈絡もなく先生がいいだしたことに、かりんはぽかんとするほかなかった。さあ、これから一世一代の大告白をしようと人がありったけの勇気を振りしぼっているというのに、この的はずれな質問はなんなのか。かりんは先生の思考回路を疑った。この人であれば自分を助けてくれるかもしれないと一瞬でも信じた自分はどうかしていたのではないかとさえ思った。
目の前をスケートボード小僧が通っていった。駅前広場といっても、それほど広いわけでもない。小僧は多くの人間がたむろしているなかを上手に抜けていき、信号を渡るとそのままどこかへ消えていった。
「映画とか……音楽とか……」
かりんはとりあえず先生の問いに答えた。
「うむ。上出来だ」
有田はいかにも満足げにほほえみ、それに対してかりんはけげんな顔をした。いまのやりとりのどこが上出来なのかさっぱりわからなかったからだ。ちぐはぐな会話にすっかり調子を崩されていたともいえる。
「ならば、どんな映画が好きなのかな。アクション、サスペンス、コメディー、ラブ・ストーリーなどジャンルはいっぱいあるが、星野はどういう映画が好きなんだ」
とたずねられ、かりんが黙りこんでしまったのは、先生の意図がまるで見えなかったからだ。
「いやいや、そう深く考えることはないよ。これはたんなる興味本位の質問なんだから」
有田はいい、からからと笑った。
「ああ、なんや」
かりんもつられて笑い、ふっと肩の力を抜いた。
「ラブ・ストーリーも好きやけど、コメディーも好きかな、わたし。せやから、いちばん楽しめるのはラブ・コメディーとか」
「なるほど。じゃあ、きょうから上映されている<マイ・レディラブ>はもう観たのかな」
と有田は意味ありげに目を細めた。わずかにいばっているように見えないこともなかった。
「ええーっ!? 先生はもう観たのですか!?」
思わず大きな声を出したのは、それが半年前からずっと待っていた映画であったからだ。
「ふふ。ラストを教えてやろうか」
まるでいたずらっこのような表情を浮かべ、有田はかりんの目をのぞきこんできた。
「いや、だめ! 結末を知ってしもうたら、おもしろさ半減やないの!」
かりんは耳をふさぎ、聞こえないふりをした。そんな彼女に有田はじつにおかしそうに笑った。 |