離の章 ツリーハウスの中で
蛙――しかも井の中こそが世界のすべてだと思いこんでいる蛙――。
かりんは自分がまさにそれであったことに気がつかされた。日本では毎日毎日、学校と家、あるいはバイト先を行ったり来たりするだけで、行動範囲は限りなく狭かった。ひょいと太平洋を飛びこえてみれば、まるで異なった人種と文化が存在し、日本で通用する常識もここでは通じなかったりもした。
また、とても同じ高校生であるとは思えないぐらいに彼らは大人びていた。彼らに交じって教室に座るかりんは、自分を子供のように感じた。ウィリアムズ家の娘、ジェニファーにしてもそうだ。ジェニファーはすらりと背が伸び、ヒップの位置も高かった。ブルーの瞳はクリスタルのように透きとおり、唇は官能的に厚かった。すでに運転免許も持っており、さっそうと車を乗りまわす彼女の姿にかりんは憧憬に似た感情をいだいた。
とはいえ、ジェニファーがときおり見せる表情にはあどけなさが残っており、かりんはふと安心感を覚えるのだった。
「カリンはなにか夢はあるの?」
と、そのジェニファーにたずねられたのは、滞在一週間目の夜だった。
二人は家の裏庭に立つ木の上にいた。正確には、その木の枝のあいだにつくられたツリーハウスの中にいたのだ。この小さな家はジェニファーがまだ幼いころに、彼女の父親が子供たちのために建てたものであった。高校生になったいまでも、彼女はたまにここで寝ることがあった。隠れ家のようで妙に落ちついたりもした。
「夢か……」
かりんはぼうっと星空を見上げていた。天井にも窓ガラスがはめこまれてあり、寝転がったまま夜が見せる神秘を堪能することができた。
「ジェニファーには夢はあるの?」
逆に問いかえしたのは、かりんには答えがなかったからだ。そもそも夢を持つ以前に自分はなにがやりたいのか、それすらもまだわからなかったのだ。
大学や専門学校へ進学するにしても、あるいはフリータになるにしても、日本の同級生たちはだいたい進路をしぼっていて、こうしていまだにふらふらしているのはかりんぐらいなものだった。さゆりにしても志望大学を決めて、すでに本格的に受験勉強に取りくんでいた。
「あたしはね」
というジェニファーは目を輝かせていた。
「女優になるのが夢なの」
かりんを見すえ、ジェニファーはきっぱりといった。その言葉には一点の迷いも感じられず、全身から自信がみなぎっていた。
ジェニファーは夢中になって自分のアクトレスへの思いを語った。かりんは半分以上わからないながらも話に耳を傾け、そうするうちにうとうととなり、いつのまにか静かに寝息を立てていた。 |