守の章 有田先生
短く刈られた頭髪には白いものが交じり、大きな瞳はぎょろりとかりんをにらんだ。大きな鼻に大きな口、耳たぶまでが立派で、これに黒く太いひげがあれば、達磨にそっくりではないか。ただ造作が大きいのは顔だけで、身長は一六〇センチのかりんよりもわずかに高いぐらいだった。
「星野じゃないか。なんだこんなところで」
と名前を呼ばれて、今度は驚いたのはかりんのほうだった。
有田政二郎は英語の教師だったが、かりんは直接教えてもらったことはなかった。にもかかわらず、先生がちゃんと自分の名前を知っていたのはどういうことであろうか。
「先生、わたしのこと知ってたのですか」
かりんはたずねた。
「あたりまえじゃないか。学校の生徒だったら、だいたいみんな知っとるぞ」
有田はここではじめて笑顔を見せた。笑うとなんとも人なつこい表情となり、かりんは思わず魅了されてしまった。
全校生徒といっても千人もいるではないか。有田はその千人の顔と名前をおおかた一致させているというのだった。さすがに全員の性格までは把握していなかったが、名前を知ることはその生徒を知る第一歩目となる。それにいまのかりんのように、名前を呼んでもらえただけでも人は喜ぶものだ。
が、有田のつぎの発言には、かりんは思わずぷっと噴きだしてしまった。
「さっ、もう遅いので家に帰りなさい」
と先生が真顔でいったからだ。帰るもなにも、時計は八時をまわったところではないか。ふだんであれば、さあこれから遊ぶぞというような時刻である。きのうみんなでカラオケをしに行ったときも集合をしたのは夕方の七時で家に帰ったのが十一時前だった。
「先生こそこんな場所でなにしているのですか」
かりんは逆に聞きかえした。
「先生はこうして繁華街を歩きまわって、うちの生徒がなにかトラブルに巻きこまれていないかどうかパトロールしとるのだよ」
というのが有田の答えだった。先日の職員会議でこのことが決まったばかりで、きょうが初日だという。ほかにも教師が何人か出ているということだった。
トラブルと聞き、かりんはさっきホテルでのことを思いだし、無意識に有田から視線をそらせてしまった。ひょっとすると相手の男と歩いているところを先生に目撃されたのではと思ったのだ。
「なんだ、星野。なにか困っとることでもあるのか」
と見抜かれたことに、かりんはいよいよ狼狽した。先生はなにもかも知っているのではないかとあせったが、そんなわけはないだろうと、かりんは軽く頭を振った。
「よし、ちょっといっしょに来なさい。先生が話を聞こうじゃないか」
すこしようすがおかしいかりんに有田はいい、先に歩きはじめた。振りむかずに有田がすたすたと行ったのは、まちがいなくかりんはついてくるだろうと信じていたからだ。
かりんは先生の背中を見た。先生の存在全体から慈愛に満ちたオーラが発散されていた。それを敏感に察知したかりんは、意を決して先生のあとを追った。 |