離の章 迷いの向こうの光明
学校には体験留学プログラムというのがあった。かりんはそれに申しこんでみようと思ったのである。期間は十月初頭から三週間ほどで、留学先は米国カリフォルニア州ロサンゼルスのハイスクールであった。これとはべつに一年間の本格的な留学プログラムもあったが、この体験留学はその前哨戦ともいうべきものだった。
募集人員は二名であったが、通常は一、二年生から選ばれることになっていた。三年生は受験期であるからだ。ただ、過去には三年生も参加したことがあると聞き、かりんはそれに希望をつなげることにした。
とはいえ、彼女にはかならず自分が選ばれるだろうという自信があった。その担当の英語教師がほかならぬ有田であったからだ。条件のひとつに――当然ながら――英語の成績が優秀であることが挙げられたが、かりんはその点は問題なかったので、なおのこと選ばれる確信があった。
だが、有田とてたんにえこひいきで留学生を選抜するわけにはいかない。ほかにもまじめにアメリカへ行きたい生徒はいるだろうし、その前に決めるのは有田だけではなかった。担当はあと二人おり、まずはこの三人によって面接が行われることになっていた。
新学期が始まり、かりんはまっ先に職員室に駆けこみ、有田の前に立った。
「どうした星野、そんなにあわてて」
なにか本を見ていた有田が顔を上げた。その有田にかりんは体験留学プログラムのプリントを突きだし、
「お父さん! わたしもこれに参加できるのですか」
と勢いこんだ。
「ああ、もちろんや。チャンスはだれにも平等に開かれとる」
有田がそう答えたのは、なるべく生徒の自主性を尊重するように心がけていたからだ。べつの先生であれば、おまえはもうすぐ受験だろう、なにを考えているのだと頭ごなしに叱られるところだろう。
「ほんまに!? じゃ、わたしもこれに参加したい!」
かりんは目を輝かせた。ほとんど先生に迫らんばかりだった。有田はその気圧に押されるように、わずかに上体を引いた。
「あ、ああ、わかった。二週間後に簡単な試験があるから、それを受けなさい」
「はいっ、ありがとうございます!」
かりんは元気よく頭を下げた。
その試験当日――。
道着姿のかりんは時計を気にしながらろうかを急いでいた。曲がり角でドンと尻もちをついたのは、だれかと衝突したからだ。相手も道着を着ていた。
「朋美!」
とかりんが叫ぶと、ほぼ同時に、
「先輩!」
と相手も声を上げた。のち二人ともはっと時計をたしかめ、あわてて立ち上がり、なぜか同じ方向に走りだした。
わけがわからなかった二人は互いに不審の目をむけつつも先を急いだ。ある教室の前に来ると、二人とも足を止めた。
「えっ、ひょっとして!?」
かりんが驚くと、朋美は、
「あっ、先輩も!?」
と目を見開いた。その二人の騒がしさに扉がなかから開き、有田が顔をのぞかせた。
「ほらっ、始めるぞ。早く入りなさい」
二人は教室に入り、席についた。参加者はほかに五名ほどで、かりんと朋美を含めると全員で七名ということになる。ただし三年生はかりん一人だけで、あとはみな下級生だった。
実際の面接だが、一人六、七分ほどで、その間に簡単な英会話のテストと自己アピールの時間があった。なぜ留学をしたいのか、自分にどんな特技があるのかなどについてアピールするわけである。
「わたしは生まれてからの十八年間、一度も日本から出たことがありません。国際化時代といわれている昨今ですが、わたしはこのままではいけないと思い、アメリカへ留学することによってわたしにとっての国際化時代への一歩目を踏みだしてみようと心に決めました」
志望動機についてかりんはそう答えたが、その口調と態度はじつに堂々としていて、有田はわが教え子を誇らしげに感じた。
このあとかりんが披露した特技はもちろん少林寺拳法であり、狭い教室に響きわたる気合いに有田以外の二人の先生は圧倒されているようであった。当然ながら朋美も拳法の単独演武を見せ、かりんと朋美が夏の大会で一位を取ったことを知る他の先生たちは、留学生としてかりんと朋美を強く推薦した。
「有田先生どうですか。われわれは賛成ですよ。彼女たちが向こうで演武を見せるのもおもしろいと思うし」
と、そこまでいわれて反対する理由もなく、こうして二人の女性拳士の留学が決まった。
それから三週間、二人はその準備に追われることになる。毎日、放課後になると英会話の特訓をし、同時にアメリカで見せるための演武の練習もしなければならなかった。家に帰ってからも英語の訓練はつづけられ、そのうえで二人は有田道場にも通い、演武の完成度を高めていった。とはいえ、時間はいくらあっても足らず、三週間はあっというまに過ぎていった。気がつくと、二人はいよいよ旅立ちのときを迎えていた。
出発は関西国際空港からであった。空港までは有田が二人を見送った。
「じゃあ、少林寺魂をしっかりと見せてこい」
有田は二人の肩をぽんぽんとたたいた。
「はい、お父さん。がんばってきます」
二人は同じタイミングで答え、そこから先は二人だけの旅となった。 |