離の章 道に迷う 2
かりんがこれほどまでの落ちこみを味わうのは、本当に久しぶりのことだった。あと数日で夏休みも終わり、新学期が始まろうとしているのに、彼女はまったくの無気力な状態におちいってしまった。
勉強に対しては意外とまじめな一面があったかりんは、すでに宿題は済ませてあったので、その点では問題はなかった。が、それでもなにをする気力も湧かず、かりんはぼうっと部屋で過ごしていた。
いや、状況をわるくしていたのは、彼女が亡き恋人との記憶にひたっていたことである。彼との楽しいひとときを思いだしては寂しい気持ちになり、その態度にはなにひとつ前向きで積極的なところはなかった。さゆりからの電話があっても出る気にもなれず、届くメールに返信もしなかった。ただ部屋に閉じこもって、竜介の写真を胸に抱いてしくしくと泣くばかりだった。いまの彼女はとても女子部員たちを鼓舞し、幹部として拳法部を引っぱってきた同じ女性であるとは思えなかった。
そのまま夜になった。電気をつけないのに部屋が意外と明かったのは、窓より射す月光のためであった。かりんはその月を見上げた。あまりにもの美しさに、また涙がにじみでてきた。将来への不安もたしかにあった。人生をどうしていいのかわからず、かりんは一人でそのプレッシャーと戦っていた。
ほかの人もこれほど悩むものなのだろうか。すくなくともさゆりを見るかぎりはそうでもなさそうだった。さゆりはおそらくそう迷うこともなく大学へ進むことを決めたのではないか。さゆりは彼氏ともうまくやっているし、かりんのように無用な喪失感にさいなまれることもないにちがいない。
「なんでわたしだけ……」
かりんはじゅうたんに泣きくずれ、月夜に涙した。
まさに有田が恐れていたような事態であった。だから有田は、おのれの人生を見つけてしっかりした自己を確立せよというのであった。自己が確立されていない人生は砂の上にたてられた高い建物のようにもろく、たとえ一時的によかったとしてもそれは本物ではない。
いまこうしてかりんが崩れていたのも少林寺拳法が彼女にとっての存在理由、生まれてきた目的ではなかったためである。もし少林寺拳法が彼女の道であるならば、彼女は放っておいてもいずれ立ちなおるだろう。だれにだって壁にぶちあたり、スランプにおちいることがあるからだ。
かりんにはほかに生を授かったわけがあったのだが、あとわずかでその運命の扉が開こうとしていた。
はじめそれはささいな思いつきだった。首をほんのすこしひねる程度のものだった。が、時が経つにつれて、その奇妙なひらめきはだんだんと強まっていき、しまいには脳裏から離れなくなってしまった。かりんはそれについて考えてみた。なかなか魅力的なアイディアのように思えた。 |