離の章 道に迷う 1
大きな目標を達成することによって念願が満たされたのはいいが、そのせっかくの目標が成し遂げられてしまうと、かりんの中でなにかが消えてしまったようで、あとにはなにも残らなかった。
そのまま多度津の本部合宿に突入した。その途中で例の幹部交代式が行なわれ、かりんは朋美に女子副将の腕章を引き渡した。こうなるといよいよかりんの内部の空虚感が増すばかりだった。ある意味において彼女は完全燃焼をしたのであり、なにか新しい努力目標を見つけでもしないと、いつまでもこの心の空洞は埋まらないだろう。
もし両先生が彼女の状態に気がついたならば、彼らは非常な危惧をいだいたにちがいない。かりんがこれまでしっかりと気張ってこれたのは少林寺拳法があったためであり、それもなくなってしまうと彼女はバックボーンを失い、ぐにゃぐにゃと崩れてしまうおそれがあった。
通常であれば気持ちは自然と受験に切りかわるべきところだったが、少林寺拳法とのギャップがあまりにも大きすぎたがためか、かりんにとって受験は少林寺拳法の代わりにはなりえなかったようだ。
神戸から多度津まで有田が引率をしたが、帰りは自由行動となった。岡山まではみんないっしょに移動をしたのだが、そこから先は新幹線に乗る者と在来線を利用する者にわかれた。かりんとさゆりは在来線でのんびりと帰ることにした。
「はあ……」
揺れる列車の中でかりんは一人、もの思いにひたっていた。
じつは、心にある考えが入りこもうとしていたのだ。いや、その考えは一年生のころからずっとあったのだが、これまでそれほど意識することがなかったのは、少林寺拳法に夢中であったからだ。それは、これからの進路についてだった。もっといえば、たんに進路というよりも、自分の人生そのものをどうしたいのか、かりんにはわからなかったのだ。
「人生はなにかをするためにある」
とは有田先生の言葉である。部員たちを前にして、先生はそう説くのだった。
そうかもしれないとかりんはその教えに耳を傾けるのだったが、それについて真剣に考えることがなかったのは、かりんにはまだその準備が整っていなかったためだ。が、少林寺拳法にひとつの区切りがついたいま、彼女の運命はつぎの階段に向かって開こうとしていた。
「人生はなにかをするためにある」
と有田がいうのは、だれでも生まれてきた理由があるということだった。
「それを探すのだ。自分の存在理由を探すのだ。自分がなんのためにこの世に生を授かることになったのか、一所懸命に探し求めよ。すぐには見つからないかもしれないが、心配をすることはない。いずれいつかは見つかるようになっているのだから」
一人一人の目を見ながら、先生は訴えかけた。何度も何度も訴えかけた。実際、先生の薫陶を受けた卒業生部員の多くは独自の道を進み、中にはその世界で名を成した者もいる。
「きみたちにヒントをやろう。なんでもいいから好きなことをやれ。なにか夢中になれることを見つけろ。なんでもいい。男だったらプラモデルを作ったり、サッカーや野球をしたり、女の子であれば料理でも裁縫でもいい。とにかくなにか熱中できるものを探しなさい」
有田はそういった。かりんはいつしかそれは拳法だろうと思うようになっていた。だが、少林寺拳法の夏季総会、そして本部合宿を終えたその瞬間に、どういうわけか、まるで霧が晴れるようにその思いもどこかへと消えようとしていた。急激にどうでもよくなったというか、以前ほど情熱が感じられなくなっていた。
「ねえ」
とかりんがさゆりにいったのは、姫路を過ぎたあたりだった。
車窓の外には白鷺のように翼を広げた壮大な城が悠然と立っていた。その姿は堂々としている中にも美しさがあり、さすがに日本を代表する城だけのことはあった。
「うん?」
さゆりは親友に目を向けた。かりんとは小学校以来、かれこれ十年以上のつきあいになる。とくに高校生になってからは同じ部活に所属し、友情も深まったようである。
「進路どうするかもう決めてんの?」
かりんがたずねた。
「うーん、一応大学に進もうかと思てる。まだはっきり決めたわけやないけど。そういうかりんはどうすんの?」
さゆりが問いかえしたのはいいが、かりんはそのまま考えこんでしまった。
「あっ、ごめん。どうしたいんか、まだ自分でもよくわからへんねん」
あわててごまかし、かりんは笑った。
JR神戸駅に着くとさゆりはハーバーランドへ買い物に行くといい、先に電車を下りた。本部合宿はきょう解散したばかりではないか。そんな疲れ知らずのさゆりにあきれながらも、かりんはまたねと手を振った。
三宮で阪急電車を乗りかえると、かりんは家路についた。
「ふう――」
かりんは息を吐きだした。
これからの人生をどうすればいいのか、まるでわからなかったのだ。 |