離の章 かりんの自己確立
「ドン」
という太鼓の音で、毎回練習が開始された。讃岐の多度津における少林寺拳法の本部合宿のことである。全国から多くの学校が集まってきて、広い武道場にきちんと整列していた。
ここでは連絡事項などが伝えられ、そのあとそれぞれに別館へ移動して練習をすることになる。
去年もそうであったが、やはり有田は目立つようで、多くの拳士たちが教えを請うために有田の周囲に群がった。おもに他校の若い監督やその生徒たちであったが、その光景にかりんたち部員は、自分たちがその有田の弟子であることを誇りに思った。
本部では他の高校生たちと交流ができ、彼らとふれあうことにより自分たちの技を確認することができた。同じ技でも指導者によって微妙な違いがあり、どれがいいというわけではないが、互いに比較しあうことは技の研鑚につながった。
少林寺とあって、建物自体はまるで寺院のようであった。驚くのは、たった一人の人物によってこれらが造りあげられたことである。いまでは海外に多くの支部があり、それだけに少林寺拳法には求心力があるということだろう。
宗道臣が戦後の荒廃した中で少林寺拳法という一流を樹立したのは、敗戦で自信を失い、すさんだ若者たちの心を立てなおすためであった。すさんだ状態から抜けだせたのはまさにかりんもそうであり、たんなる武道以上に精神の鍛錬を主目的としているところに少林寺拳法のすばらしさがあるといえた。ただ突いたり蹴ったりするのとはわけが違うのだ。
かりんは援助交際にはまっていたむかしを思っていた。いや、むかしといっても、ほんの去年のことにすぎない。それがいまでは女子副将となり、かりんはそんな自分の成長ぶりにはびっくりしていた。
少林寺拳法を通して養われる特質のひとつは自信であり、かりんはいつのころからか、胸を張って生きられるようになっていた。乱捕りの練習などで相手としっかり向きあうことを覚え、演武によって人と協調することを学んだ。後輩を指導することで他人のペースに合わせられるようにもなり、かりんは確実に変わっているようであった。
その本部合宿も終わって神戸に帰るとすぐに新学期となった。残暑厳しい中での本格的な練習が始まり、主導権はかりんたち二年生に移っていたが、依然として部に顔を出す三年生も多かった。とはいえ、緑葉が紅葉黄葉に色を変えていくにしたがって三年生は受験勉強に専念するようになり、だんだんと道場に姿を見せる回数を減らしていった。
季節が移りかわり、気温が急速に低下してくると、道着姿になるのもおっくうになり、部員たちは練習後にさっさと着がえて自動販売機コーナーへ急いだ。そして温かい缶ジュースを手に白い息を吐きながら、いつまでもおしゃべりに花を咲かせた。
冬休みに入り、正月になると、かりんは一人で西宮えびす神社へ出かけていった。一昨年の大晦日にかりんは竜介に恋の告白をされ、その返事を初詣の帰りにしたのだ。
阪神西宮駅は押しあいへしあいの人出だった。かりんはその流れに身を任せ、揺られるままに右へ左へ進んだ。通りの両側に屋台がずらり並び、あたり一帯になんともいえないいい香りが漂っていた。かりんの胸がきゅんと痛んだのは、去年ここでたこ焼きを買い、ふーふーとしながらおいしそうにほお張る竜介を思いだしたからだ。
本殿前に来るとかりんは賽銭を投げいれ、手を合わせた。そのあと足が自然と向かったのは、告白の返事をした大きな松の木のほうだった。
「先輩」
とあのとき、かりんは竜介の顔をのぞきこんだ。決して二人きりというわけでもなく、二人は雑踏の端にいたのだ。
「お、おう」
竜介がわずかにどもったのは緊張をしていた証拠であろう。
「わたしでよければ……」
とあとがつづかなかったのは、かりんも相当に固くなっていたからだ。が、それで充分に伝わり、竜介はありがとうとつぶやき、じつにうれしそうな笑顔を浮かべた。
その彼がこの世からあの世へと去っていったのは同じ年の夏であり、あれからまだ半年もたっていないことにかりんは信じられない思いがした。夏季総会に出るために朋美と汗を流す毎日、そのあとの本部合宿、そして幹部交代。それからは女子副将として日々が忙しく過ぎていき、とくに感傷にひたっているひまもなかった。
もっとも、かりんにとってそのほうがよかった。そうでなければ、かりんは竜介がいなくなった喪失感に押しつぶされていただろう。夜中にはっと目を覚まして、静寂さの中で竜介を想って涙をこぼすことはあっても、もはやその悲しみにうちひしがれるようなことはなかった。あの世で自分を見ている彼のためにもがんばらなきゃとすぐに気を取りなおし、以前にも増して少林寺拳法に打ちこむようになった。まるで悲しみと戦っているようでもあった。が、その悲しみのエネルギーをあすへの活力に変えて、かりんは精いっぱいに生きていたのだ。
てふたたび季節はめぐり、冬枯れの地面から新芽が元気よく顔を出すようになっていた。二年生を終え、春休みとなり、かりんは高校の最終学年を迎えた。 |