守の章 ストリート・ファイト
「なんやろ……?」
阪急三宮駅に近づいてきたときに、かりんはつぶやいた。
ちょうどゲームセンターの前あたりだった。黒山の人だかりができていた。やじが飛びかい、そのようすからすると、どうやら路上けんかのようであった。
すこし段になっている場所があった。そこに上がると、人だかりの頭ごしにけんかをしている二人がなんとか見えた。高校生か大学生ぐらいだろうか、若い男の子が険しい表情でにらみあったまま対峙していた。
片方はロンゲにピアスをつけ、だぶついたズボンをはいていたが、光景をなんともアンバランスにしていたのは、その相手が眼鏡をかけたいかにもガリ勉風の男であったことだ。この熱気のなかでもシャツのボタンをきっちり上まで締め、とてもけんかをするようなタイプには見えなかった。そんな男がけんかをしているのだから、なにかよほどの事情があるにちがいない。かりんは急に興味がわいてきた。
だいたいかりんはこれまでに生の“決闘”など見たことはなかった。テレビの格闘技番組で観戦したことはあっても、こうして目の前で人間同士が殴りあうのを見るのは、はじめての経験だった。かりんはわれ知らずのうちに身を乗りだしていた。どきどきわくわくもしていた。
「おらっ、早よせんかい!」
まわりははやしたてたが、ロンゲもメガネも互いに相手のほうから仕かけてくるのを待っているようだった。
「なんや! やる気ないんやったら、はじめからけんか売んなよ!」
という悪口に刺激されてか、なんとメガネのほうがわれを失ったように腕を振りまわし、おたけびを上げながらロンゲに殴りかかった。ロンゲは身をのけぞり、かろうじてその拳をよけた――そのときであった。
人込みをかきわけ、背の低い中年のおじさんが輪に入っていった。おじさんはメガネの背後にまわり、えりをぐいっと引いたかと思うと、メガネは体勢をくずし、ぶざまな格好で地面に倒れた。虚をつかれたロンゲは状況がつかめずに動きを止めたが、おじさんはその機を逃さず、すばやく間合いをつめ、どうやったのかロンゲを器用に転がしてしまった。すべては一瞬の出来事だった。ロンゲとメガネはすっかり気をのまれてしまい、もはやけんかという雰囲気ではなくなっていた。
おじさんは二人の男の子を立たせ、二人になにごとかいった。二人はうなだれたままうなずき、のち、べつべつの方向へと去っていった。急に興をなくした観衆は、三々五々に散っていった。おじさんもくるりとその背中を向けて歩いていこうとしたのだが、かりんは考えるよりも早く走りだしていたのは、このおじさんを知っていたからだ。
「先生! 有田先生!」
かりんはおじさんに追いついた。呼ばれた人物は立ちどまり、振りむいた。 |