離の章 魔の幹部交代式 1
その一室は暗く、物音ひとつしなかった。
黒田朋美を含む一年生たちが緊張の表情を顔に張りつけていたのは、かりんたち二年生によってさんざんにおどかされていたからだ。夏休みの終わり、少林寺拳法の本部合宿での話である。場所は利用していた民宿の一室であった。
「おまえら、どんなことがあっても音を出すなよ。声も出すな。とくにいわなくてもええと思うが、腹の虫を鳴らすのも厳禁や」
一年生を前にしてそういったのは、これから新しい主将になろうとしていた近藤というやつだった。スポーツ刈りにごつごつした顔の造りに彼が岩男と呼ばれていたのは、たんにそれがあだ名であったからではなかった。彼の名前は近藤岩雄であったのだ。
その近藤が一年生たちを脅迫したのは、幹部交代式の一時間前のことであった。それからの一年生は、落ちつかないひとときを過ごすことになった。これからいったいどんな恐ろしい儀式が始まろうとしているというのだろう。
「かりん先輩、交代式について教えてください」
朋美がたずねたのに対してかりんはさっと視線をそらせ、それっきり黙りこんでしまった。
式の十分前になると、一年生と二年生は用意された部屋に入室した。もちろん全員道着姿である。部屋の窓のカーテンは閉められ、真ん中に座卓が置かれてあった。
座卓の上に二本、部屋の隅々にもろうそくが灯され、その炎がときおり揺れるのは、室内に充満しつつある霊気のためであろうか。
二年生――つまり次期幹部たちは座卓の前に三列に正座をし、女子副将に就任する予定のかりんは、ほどなく正式に主将となる近藤の左どなりに背筋をぴんと伸ばして座っていた。
次期幹部の背後に一年生が整列し、朋美はその二列目の端にいた。彼女の場所からはかろうじてかりんの横顔がうかがえた。先輩の顔はろうそくの炎に妖しく照らされ、そこにはある種の気高い美しささえあった。
突然――まるでなんの前ぶれもなく、ふすまが勢いよく開いた。三年生たちであった。本来であれば高杉竜介が先頭に立っているはずだったが、その代わりに男子副将の相楽が最初に入室してきた。ほかの三年生があとにつづき、彼らはドンドンと足を踏み鳴らし、部屋に入ってきた。窓ガラスが振動し、先輩たちの気迫に一年生はいよいよ緊張を高めた。両先生は交代式に参加する習慣はないので、当然この場にはいない。
最後に統制という役職の小島先輩が座についた。統制はその名のとおりに部員たちをまとめるのが仕事であった。小島は目つきの鋭い、長髪の男子部員だった。唇は薄く、無口であったことから下級生たちには怖がられていたのだが、本当はたんにシャイなやつで、気心の知れたあいだがらでは雄弁なところを見せた。
「これより幹部交代式を行います」
小島が六腑に響くような太い声で宣言した。つづいて小島は瞑想といい、部員たちは目を閉じた。長い重苦しい沈黙が訪れた。しだいに一年生の中で足がしびれてくる者が出てきたほどだった。
「こらっ、もぞもぞするな!」
小島の怒声が飛び、一年生は背筋を凍らせた。 |