破の章 福本の作戦 1
それから一週間がたった。福本先生からかりんのもとに一本の電話がかかってきた。きょう有田道場で待っているからよかったら来なさいということだった。かりんは気乗りはしなかったが、先生のせっかくの誘いである。とりあえず行ってみることにした。
道着をかばんに詰めこみ、自転車にまたがる。真夏の陽射しを吸収したアスファルトから熱が放射され、日中の残暑と合わせてかりんの全身にまとわりついた。汗がじわりとにじむ。わざと違う道を選んだのは、いつもの道にはいたるところに竜介の面影が転がっていたからだ。
信号待ちのために止まる。竜介が逝って一週間になる。この間になにが変わったというのだろうか。驚くほどの超日常。時間になればきっちりお腹は減り、汗をかけばシャワーを浴びずにはいられず、夜になればまぶたは自然と重くなった。彼がいようがいまいがなにも変わらないではないか。なかなか寝つけないこともあったが、それでも睡眠不足になることはなかった。自分は本当に彼の死を悼んでいるのだろうか。かりんはそういう自分の気持ちをいまひとつつかみきれないでいた。
信号が青になり、横断歩道を渡る。しばらく走ったところで、体育館が見えてきた。自転車置場で五分ほどたたずんだあと、かりんは自分を奮いたたせるように武道場のほうへ向かった。
「やはり来てくれたのね」
福本が入口で待っていた。
「さあ、着がえてらっしゃい」
といわれ、かりんは更衣室へ消えた。
道場からは元気な気合いが聞こえてくる。かりんは服を脱ぎ、かわりに道着に袖を通す。ズボンもはきかえ、帯をしめる。何百回とくりかえしてきた動作であり、手が無意識のうちに動く。
更衣室から出てくると、かりんは福本先生の姿を探した。福本は道場の端で有田先生となにか相談しているふうであった。近づいてみて驚いたのは、両先生の影に隠れていたのは、かつての恋敵――黒田朋美であったことだ。
「いや、無理だ。いまからじゃ、まに合わないだろう」
腕組みをした有田が福本を見すえていた。これまでに目にしたこともないほどの険悪な雰囲気に、かりんは反射的に緊張した。朋美の表情も固いものになっていった。
なにを話しあっているのだろうと、会話に耳を傾けてみる。どうも福本の発案で朋美を竜介のピンチヒッターに立てて、かりんを少林寺拳法の夏季総会に出場させようというのだった。
「ちょ、ちょっと待ってください」
とかりんが反論をしょうとすると、有田はかりんをにらみ、
「わたしは福本先生と話をしておるのだ。きみは黙っときなさい」
と、ぴしゃりとさえぎった。いままでに一度もこれほど先生に厳しくなにかをいわれたことがなかったので、かりんはびくんと身を萎縮させた。
「それに」
と有田の話はまだつづくようであった。
「二人には実力の差がありすぎる。星野が黒田のレベルに合わせられるわけがない。先生もいいかげんなことをいわないでいただきたい」
その語調はますますきつくなっていた。
かりんは夏のはじめには初段で黒帯になっていたのだが、朋美はもとより二段であった。
「黒田にしてもそうだ。大会まであと十日ほどしかないというのに、まともに演武を覚えられるわけがない。ふんっ、アホらしい」
吐きすてるように有田がいった。 |