破の章 思い出の淡路島
やがてかりんの涙も涸れてきた。西陽の傾く部屋に彼女は一人、魂が抜けたようにぼうっと座った。
「おれはおまえと出会えてよかったと思ってるよ」
竜介がそういったのに対して、かりんは、
「うん、わたしも」
と答えただけだった。竜介はふだんそういうことを口にしないのに、きのうにかぎってそんなことをいったのは、彼自身なにかを予感していたからだろうか。それともあれはたまたまの言葉であったのか。いずれにしても本人がいなくなってしまったいま、もはやそれをたしかめようもなかった。
そう、もうたしかめられないのだ。彼の手を握ることもなければ、彼に抱きしめられることもない。愛情に満ちたまなざしで彼に見つめられることもなければ、彼の厚い胸板にふれることもできないのだ。これから一生できないのだ。そう思うと、かりんはものすごく悲しくなり、またとめどなく涙があふれてきた。昨夜も今朝も竜介の携帯電話にメールを送ると彼はちゃんと返事をくれたのに、昼過ぎに送信したぶんに答えがなかったのは彼がすでに交通事故にあっていたからであろうか。彼はもうあの世へ逝ったあとであったのか。
「先輩の嘘つき……」
暗くなりはじめていた部屋で、かりんはつぶやいた。さっき泣きくずれたときに落とした携帯電話がそのままの状態でじゅうたんの上を転がっていた。竜介に何百回とかけた携帯電話である。時間を忘れて二人でいつまでもおしゃべりをした、思い出の詰まった小さな電話機なのだ。
「いっしょに大会に出ようといったのに……。これまでなんのために練習してきたというのよ……。アホ、先輩のアホ……。もうあんたなんか知らへん……」
かりんはしくしくと泣きつづけた。そうするうちに空からしだいに明るさが消えていき、気がつくとかりんは暗がりにぽつんと座っていた。
窓から差しこむ街灯が唯一の光源だった。そのわずかな光に、写真立てにおさまった二人の写真が浮かびあがっていた。淡路島へ行ったときのものである。
「ほんまに楽しかったな……」
写真を見つめ、かりんがもらした。
大学生になって免許を取った北沢先輩の運転で、先輩とその彼女、竜介とかりん、さゆりと彼氏の六人で淡路島の慶野松原へ遊びに行ったのだ。図体の大きいミニバンのハンドルを軽やかにまわす先輩は大人びて見え、かりんは大学生というものにあこがれに似た気持ちをいだいた。
みんなで泳いだあと先輩が、いいものがある、といってなにを取りだすのかと思えば、それはシャボン玉セットだった。
「……北沢先輩……」
意外と子供っぽい北沢にかりんはあきれたが、いざシャボン玉遊びをやってみると、これがなかなかにおもしろいではないか。大小さまざまのシャボン玉が空中をふわりふわりと転がり、六人は砂浜をそれこそ童心にかえって走りまわった。彼らは見た目にはたしかに高校生や大学生ではあったが、そのじつはしゃいでいたのはたんなる子供たちにすぎなかった。
弁当は用意してきたサンドウィッチをみんなで食べ、そのあとはそれぞれカップル同士にわかれて行動をした。北沢とその彼女は車でそのあたりをドライブし、さゆりは彼氏ともう一泳ぎし、かりんは竜介と海を眺めながら将来の夢について語りあった。
「おれはやっぱ、お父さんみたいになりたい。お父さんのような立派な先生になって、子供たちに教えたい。そのためにおれは教師になることに決めたんや。なっ、どう思う? ええと思わへんか?」
と竜介は一応かりんにたずねたのだったが、そのまなざしには迷いが感じられず確信に満ちていた。
これまでに竜介は教師になりたいのだということをにおわせるようなことはあったが、こうして竜介がはっきりとかりんの前で決意を口にするのははじめてだった。夢について熱く語る竜介は一回りも二回りも大きく見えた。
やがて夕方になると、六人は買ってきた花火を打ちあげては、その瞬間の美を楽しんだ。ついこの前のことにすぎない。明石海峡大橋を渡っての日帰りの行事だった。 |