破の章 援助交際のことを告白
大会に出るとあって、有田はかりんと竜介に付きっきりで指導し、それだけに二人は奮いたった。演武そのものは二人で一所懸命に考えたが、それを有田が修正をし、二人はその演武を磨く努力を重ねていった。アルバイトなどで忙しくて二人で会えないときでも、かりんと竜介は各自でイメージ・トレーニングをくりかえし、練習を怠らなかった。
互いの家や公園で練習することもあり、二人はひたすらに動きを体にたたきこんでいった。演武のためにいろいろと新しい技をも身につけ、それだけに個人の技量も高まっていった。
神戸ハーバーランドへ映画を観に行ったり、明石海峡大橋のイルミネーションを前に恋を語りあったり、須磨海岸で海水浴をしたりとふつうにデートもしたが、そういう場所でもこの恋人たちは少林寺拳法の話ばかりをしていた。夢中になるあまりに人目を忘れて互いの腕をつかみあっては技をかけあうことさえあった。
かりんは彼と過ごす時間を幸せに感じていた。あのときのおれはどうかしていたと竜介が謝ってくれたのは、朋美とのことだった。気に迷いが生じたが、いまは正気に戻ったと、竜介はかりんだけを見つめていた。
「せ、先輩……」
とかりんが援助交際のことを打ち明けたのは、この時期のことである。
べつにばか正直にいわなくてもずっと隠しつづけることだってできたのだが、かりんはそうすることになんだかほんのりと後ろめたさを感じ、そのもやもやした気持ちを解消するためにも思いきって竜介の胸の内に飛びこんでみることにした。これで嫌われるかもしれないという不安もたしかにあったのだが、それよりもかりんは竜介の愛の深さを信じることにした。
「なんや、かりん」
かりんは竜介の顔をまともに見ることができずに、指をもじもじともてあそんだ。竜介はそんなかりんの目を下からのぞきこんだ。
(いまいわなければこのすっきりしない気持ちはずっと消えない、いまいわなければ……)
膝の上で拳をぐっと握りしめ、かりんは勢いよく顔を上げた。
「あのね、わたしね、援助交際をしてたことがあるの」
「えっ」
竜介は彼女がいったいなにをいっているのか、すぐに理解できなかった。
「援助交際って……援助交際!?」
「う、うん……」
かりんはかろうじて答えた。心臓が激しく脈打っていた。二人のあいだに重苦しい沈黙があった。
「あっ、でもそれは前の話で、いまはもう」
とかりんがいいかけたときに、竜介はがばっとかりんを抱きしめた。あまりにも突然のことに、かりんは驚くほかなかった。
まさか自分の彼女が援助交際をしていたとは夢にも思っていなかったが、彼女にはなにか暗い影があることぐらい竜介はうすうす感づいていた。竜介が思わずかりんの話をさえぎったのはその先を聞くのが怖かったことと、自分が動揺をしていることをごまかすためだった。やはり懐の広いところを見せたいというのが男というものだ。
「かりん、わ、わかった――わかったからもうそれ以上いわなくていい」
竜介は深呼吸をし、落ちつきを取り戻そうとした。自分の愛する者が援助交際をしていたと知り、心が乱れない人などいないだろう。が、売春に走るような子は、魂に深い傷を負っているのだとなにかの本で読んだことがある。
はたと気がついたのは、かりんが細かく震えていることだった。ふだんはいつも元気に振るまっているが、その明るさの下にこんなにも小さくて、か弱い女の子が隠れていたのかと竜介はいまさらながらも驚かざるにはいられなかった。こうして援助交際のことを告白するのも、彼女はありったけの勇気を振りしぼってのことにちがいない。そう思うと肩の力がふっと抜け、彼女への愛が自然とあふれてきた。
「かりん、おまえがどんなにつらい過去を背負っていようと、おれは気にせえへん。おれはそんなかりんを丸ごと好きになったんや。それでおれがかりんを嫌いになるわけないやないか」
竜介は彼女を抱く手に力を入れた。彼女が援助交際をやっていようがやってまいが、竜介にとってかりんは大事な存在だった。これで彼女の人間としての価値が下がるわけでもあるまいし、いや、むしろおれが彼女をしっかりと受け止めないで、いったいだれが彼女を受け止めるというのか――竜介はかりんに対する気持ちを強めた。
「先輩……」
かりんの瞳から涙がふいにこぼれ落ちてきた。
「たしかに過去は変えられんかもしれへんが、未来はどうにだってなるはずやないか。これから二人で楽しい思い出をいっぱい作ってけばええやないか。なっ、かりん。人生はまだまだこれからや。二人でいろんなところへ行って、いろんなこともして、いろんな夢も描いて、いっぱいいっぱいい――っぱい楽しい思い出を作ってけばええのや」
竜介は体を離し、優しさに満ちた視線でかりんを見つめた。
「うん、うん」
かりんは濡れた瞳で何度も何度もうなずいた。竜介はそんな愛しのかりんのおでこにチュッとキスをし、それからもう一度ぎゅっと彼女を抱きしめた。かりんはいつまでもそのぬくもりの中に漂った。 |