守の章 運命が仕かけた罠
かりんはとぼとぼと来た道をたどっていた。街はさらに喧騒を増していたが、かりんの目にはなにも映らず、耳にはなにも入ってこなかった。
突然、そばで複数の笑い声がはじけ、かりんはどきっとした。女子高生らしき集団がきゃっきゃっと黄色い声を頭の上から発しながらカラオケ屋から出てきたところであった。どの顔も憎らしくなるほどに爛漫と輝いていた。
ついきのうもかりんは、同級生たちとうたいに行ったばかりだった。みんなで流行りの歌を大声でうたい、狭いボックス内でおどり、浮かれ騒いだ。本当に楽しくて、みんなでお腹が痛くなるほどに笑ったのだが、それはもうずいぶん前のことのように感じられた。あれからまだ二十四時間も経っていない。なのに記憶はすでに色あせたものになろうとしていた。
「…………」
かりんは呆然と立ちつくしたまま女子高生たちをじっと見つめた。自分も彼女たちと同じ女子高生であるはずなのだが、彼女たちと自分のあいだにはなんだか大きな隔たりがあるような気がしてならなかった。べつの人種ではないかと思うほどだった。
もうなにがなんであるのか、かりんにはわからなくなってきた。むかしはなんの心配もなくもっと無邪気に生きられたのに、いまのこの息苦しさはなんだろう。いつからこんなふうになってしまったのだろうか。自分の存在感が希薄で、原因不明の焦燥感に駆られ、ときおり発作的になにもかもを捨てたくなることがあった。毎日はたいしておもしろくもなく、かりんは人生への希望をどこにも見いだすことができなかった。
はじめはほんの好奇心からであった。小遣いがもっと欲しいというのもあった。ことがこれほど簡単であるとも思わなかった。出会い系サイトにアクセスし、適当な相手を探す。時間と場所と条件を決めて、その相手と会う――たったそれだけのことだった。
最初の相手もいけなかった。いや、よかったというべきか、大当たりだったともいえる。三十代前半の男性で、これがなかなかの男前だった。話がおもしろく、とても優しくもあり、かりんを一人前のレディーとしてあつかってくれた。一回セックスをしただけで十万円もくれ、おまけに帰りは彼の赤いスポーツカーで家の近所まで送ってくれた。
ある意味においてあれは運命が仕かけた罠だったのではないかとはあとで思うことだった。このビギナーズ・ラックがあったがために、かりんはすっかり援助交際にはまってしまったともいえ、もしはじめが失敗に終わっていたならば、これほどのめりこむこともなかったかもしれない。
あいかわらずセックスは気持ちよくなかったが、かりんは近ごろでは心を体から切りはなすことをおぼえた。とくにむずかしいことではない。自分が人形にでもなったつもりになり、相手が人形遊びに飽きるまでパタパタと心の扉を閉め、内にこもればよかったのだ。なんとも簡単なことではないか。
それでお金がもらえるのだから、これほど楽な“商売”もない。これだからほかの子たちみたいに、かりんはふつうのアルバイトをする気にはなれず、収入源はもっぱら援助交際に頼っていた。友達は微々たる給料のために汗水をたらし、それにひきかえてかりんはちょっと体を売るだけで大金を稼ぎだすことができた。 |