破の章 幼少時のトラウマ 2
「さあ、泣いていいのよ。涙を流していいのよ。ためてきた涙を解放なさい」
福本はかりんの頭を包みこみ、かりんはその抱擁のなかで心のもやもやを空中に放った。
幼いころ両親が彼女の気持ちをきちんと受けとめてあげていたならば、かりんもここまで苦しむこともなかったであろう。
だが、彼女の母は忙しく、とてもではないが幼いかりんの心をケアしているひまなどなかったのだ。父は父で毎日残業でろくに相手にしてはくれず、土日にしてもあまり娘と時間を過ごしたりはしなかった。
かりんは人生の早い段階から感情を押し殺すことを覚え、親に甘えることも許されずに大きくなった。愛情を受けることはすくなく、なんとも寂しい幼年時代を送ってきた。だが、子供というのは親に甘え、自分の気持ちを思いきり表現し、それを親に全身で受けとめてもらうことによって安定した情緒を確立していくのだ。
「かりんちゃん、かりんちゃん、かわいそうなかりんちゃん」
福本はこのいたいけな少女の心を丸ごと抱きしめてあげた。
たしかにいまや日本は世界的な経済大国となった。だが、肝心の少年少女たちがこれでは、それがどれほどの意味があろうか。世界には貧しいが子供たちがいきいきと自由に大自然のなかを走りまわるような国はいくらでもある。彼らは大家族で暮らし、その社会は互いに手を差しのべて助けあうことによって成りたっている。つまり愛が基本なのだ。
愛はないが、お金はある。貧しいが、愛はある。もちろん両方ともバランスよくあるのが理想的であろうが、すくなくともかりんの場合はそうではなかったようである。そしていま彼女の心は悲痛な叫びを上げていた。
実際、彼女の泣き方は異常だった。涙がつぎつぎとあふれ、鼻水からよだれまで垂れ、それはまるで赤ん坊が泣いているかのようであった。いや、泣いていたのは、彼女の内側に長年閉じこめられてきた子供であったかもしれない。
どれだけの時間が経っただろうか。やがて彼女の泣き方は落ちついたものに変わっていき、最後は間欠的に息を激しく吸いこむだけとなった。
「どう、すこしは楽になった?」
先生がかりんの目をのぞきこむと、かりんは急にはずかしくなったのか、えへっと照れ笑いをした。
「お母さんも経験があるっていったけど、お母さんのお話を聞かせて」
かりんがいうと福本はふむと柔らかな表情を浮かべ、遠くを見つめるまなざしとなった。その視線の先にはもくもくと山のような巨大な雲が盛りあがっていた。 |