破の章 幼少時のトラウマ 1
福本はそっとかりんの背中をさすり、かりんの内面の緊張を解こうとした。
もちろん福本はかりんのかかえている問題を知っていた。ただその根は深く、両先生はそれをどういうふうに改善していけばいいのか、まだわからずにいた。渦中にいるかりん本人の視野は限りなく狭くなっており、被害者意識も強くなっているので、下手な介入は問題をこじらせるだけで、逆効果にもなりかねない。そう思うと福本はいよいよなにもいえずにいた。二人は並んだまま黙りこんでしまい、福本ですらその沈黙をもてあまし気味に感じた。
人生にはときにどうにもならないことがある。いや、むしろそれを人生と呼ぶのかもしれない。人はその不自由のなかでもがき苦しみ、ベストを尽くして精いっぱいに生きていくほかないのだ。状況をコントロールするのがむずかしいことのほうが多く、まして人の気持ちなど自分の思いどおりにはできない。
大人はそのことを十分に認識したうえで自分の心と折りあいをつけることができるが、子供の場合はそううまくいくとはかぎらない。
それがかりんのケースだった。彼女は二歳のときにそんな体験を強いられたのだ。二歳といえばまだまだ赤ちゃんではないか。うまく対処できるはずもないだろう。生まれてしまった妹を母の子宮に戻せるわけもなく、幼いかりんはこの厳しい現実とむきあっていかなければならなかった。妹に両親を奪われ、極度の愛情不足のなかで育つことになった。
そしてかりんはその欲求不満を心の底に根づかせたまま大人になってしまった。
とはいえ、福本先生はそんなことをかりんに伝えられるわけがなかった。あなたが黒田朋美に対して嫉妬をいだいているのは幼少時のトラウマに由来しているなどとどうしていえることができようか。恋人を他人に取られた――それがかりんにとっての現実だった。
高杉竜介が全面的にかりんに目を向ければ、かりんの嫉妬心は瞬時にして消えてしまうのだが、どうも彼のほうも黒田朋美に興味を示しているようであったので、ものごとはそう単純でもなさそうだった。
「かりんちゃんは本当に彼のことが好きなのね」
福本先生はかろうじてそれがいえた。
「――――!」
と、かりんは驚いたように顔を上げた。自分の悩みなどひとことも先生にいっていないのに、先生が自分の気持ちをわかってくれていたからだ。
「つらいのね。わたしにも経験があるから、わたしにはわかるわ」
お母さんは優しい口調でかりんに語りかけた。
「かわいそうに……かわいそうに……本当につらいのね」
背中をさすり、福本はかりんを慰めた。
その母の温もりにふれ、かりんはうっと声をもらした。涙をこらえていたのだ。妹ができて以来の十五年間、ずっとがまんしてきた涙である。 |