破の章 激しい嫉妬 2
「アハハハ」
と彼女が楽しそうに笑う声がかりんの胸を突きさした。かりんは眉間に力を入れ、燃えるような憎悪で朋美を凝視した。
「もうっ、先輩ったら」
朋美は竜介の腕を軽く押した。竜介はまんざらでもなさそうに上体をそらせた。
かりんの全身の血液に黒くどろどろしたものが溶かしこまれていくようであった。動脈がどろどろを脳内へ運び、こめかみがずきずきと痛みだしてきた。かりんから二人までの距離はすこしあったにもかかわらず、二人の会話がよく聞こえたのはそれだけにかりんの神経が過敏になっていたためだろうか。それとも二人はまったく違うことを話しているだけで、かりんは頭のなかで勝手に会話を作りあげていただけなのか。
「ウフフフ」
と朋美がまた笑う。
かりんの唇から血が一筋、すうっとしたたった。激しい怒りで唇をかみ切ったのだ。
竜介は知らないうちに朋美ともつきあうようになっていたのだろうか。毎日かりんといっしょに通学しながらも、彼は二股をかけていたというのか。信じられなかった。いや、それが事実であったとしても、とても信じたくはなかった。
かりんは暗闇で息を殺し、ただ二人をじっとにらみつづけた。握った拳がわなわなと震え、悔しさのあまりに涙さえ出なかった。いま飛びだしていって竜介の浮気現場を押さえてやろうかとも思ったが、なにかがかりんを止めていた。そんなことでもすれば彼との関係は取りかえしのつかないものになってしまうのではないかという怖れもあったのかもしれない。それはいやだ。彼との関係だけはこわしたくない。せっかく見つけた愛を失いたくない。二人だけの世界をなんとしても守りたい。
わるいのは彼ではない。あの女のほうだ。朋美が竜介をたぶらかしているにちがいない。竜介はだまされているにすぎないのだ。彼女さえいなければすべてはもとどおりに戻るはずだ――かりんはなんとかそう思いこもうとした。
(きっとそうや)
かりんはそっとその場を離れながら心のなかでつぶやいた。彼女さえ消えてなくなれば、彼女さえ消えてなくなれば、と何度も何度もくりかえした。
「おはよう!」
翌日、いつもの待ちあわせの場所で、かりんが竜介に明るくあいさつをした。
「おはよう。きょうはやけに元気やな」
竜介はとりあえず答え、かりんと自転車を並べて登校した。
朋美の携帯に非通知の無言電話がかかるようになったのは、その日の夜からであった。相手はなにもいわずにすぐに電話を切るのだが、これが計ったかのようにきっちりと十分おきにかかってくるのだった。
気味がわるくなった朋美はこの迷惑電話が受けられないように携帯を設定したのはいいが、その代わりに不気味なメールが入るようになった。アドレスを見るとインターネット上で無料で取得できるものであり、もちろんそのアドレス自体は朋美の見覚えのないものだった。
「おまえを殺すおまえを殺すおまえを殺す死ね死ね死ね‥‥」
というメッセージが画面いっぱいに広がり、はじめてこれを受けとったとき、朋美は思わず携帯を落としてしまったほどだった。この脅迫メールもまた一定時間ごとに届くようになり、朋美はすぐにこれも受けられないように設定をした。
だが、ふたたび脅迫メールが届くようになったのは、相手がアドレスを変えたからだった。朋美はこのアドレスも着信拒否リストに加えたのはいいが、翌日、さらにべつのアドレスで脅迫メールが送られてきた。朋美は怖くなり、自分のアドレスのほうを変更した。
これでやっと脅迫メールが届かなくなったのだが、朋美は見えない恐怖におびえながら過ごすことになった。一人で道を歩かなければならないときでも、背後からいきなり襲われたりはしないかとびくびくした。
もしかするとかりん先輩が犯人ではないかと疑ったのは、朋美が自分の行為を自覚していたなによりもの証拠だった。高杉主将とかりん先輩がつきあっているのを知りながらも二人のあいだに割って入ったことが、かりん先輩の怒りを買ったことは明白ではないか。
といっても、まだ先輩の仕業であると決まったわけではないが……。
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