破の章 恋の告白
竜介に恋の告白をされたのは去年の年末も年末、大晦日のことだった。
部員たちだけでカラオケ屋で盛りあがったそのあと、家が同じ方向である竜介とかりんは自然のなりゆきでいっしょに帰ることになった。
「星野、なにかおごるから、ちょっと公園でおしゃべりでもせぇへんか」
と誘われたかりんは、一も二もなくそれに乗ることにした。といっても、これはとくにはじめてのことではなく、二人は練習後によくこうして公園で缶ジュースを片手に話に花を咲かせたりした。それも終わると竜介は右へ、かりんは左へ別れ、互いに帰路につくのがパターンだった。つまり、この公園が分岐点だったのだ。
大晦日のその夕方、二人は公園でそれぞれ熱い紅茶で掌をぬくめ、冬の寒さに耐えていた。まだそれほど遅い時刻でもないのにあたりはすでに暗く、公園を抜けていく通行人たちの足もすこし速いようだった。
「おまえも少林寺うまくなったよな」
と竜介が感心したのは、本音であった。二人は冬木の桜の下のベンチに腰を下ろし、肩と肩はほとんどくっつきそうなぐらいだった。
かりんは他の一年生よりもあとに入部をしたにもかかわらず、人一倍の努力により、いまではみんなと肩を並べるまでになった。さゆりともそれほど実力差はなく、かりんは勢いよく伸びていた。女子副将になってもいいかなという野望さえいだくようにもなっていた。
竜介とかりんは少林寺や学校のことなどであれこれとおしゃべりをし、なあと竜介がいったのは、一時間がたったころだろうか。ときおり身を刺す冷たい風が吹きおろしたが、もはや寒さが気にならないほどに二人は心の内が温かくなっていた。
「おまえ、好きな人はおるんか?」
ちらりとかりんの表情をうかがい、竜介がそんなことをいいだした。
「せ、先輩――。なんですか、いきなり!?」
かりんはすっかりあわててしまった。
練習後に二人で公園で過ごすようになってから、かりんは自分のなかで心理的変化が起きているのを感じていた。はじめはたんなる先輩として見ていた竜介に対して、いつのころからかそれ以上の感情を抱くようになっていたのだ。練習後のささやかなひとときを楽しみにするようにもなり、かりんはわざと下校を合わせたりもした。
「おい、いっしょに帰ろうぜ」
と向こうのほうから声をかけてくれることもあり、かりんは、
「いいですよ」
と冷静さを装いながらも、内心は飛びあがらんばかりにうれしかったりした。
それが突然、おまえには好きな人はいるのかと、先輩はこのあといったいなにをいおうとしているのか。ひょっとして恋の告白でもされるのだろうか。そう考えただけで、かりんは動悸が早まるのが自分でもわかった。
「そうか……おるんか……」
竜介がしょんぼりとしたのは、かりんの沈黙の意味を取りちがえたからだ。
「まあ、おるんやったら、しゃあないけどな」
そういって彼は立ちあがろうとした。
「ちょ、ちょっと待ってください。わたし、まだなにもいってないじゃないですか」
かりんは思わず先輩の腕にすがりついてしまった。竜介が無意識のうちに彼女の手をあざやかに抜いたのは、日ごろの練習のたまものだろうか。
「あ、ごめん。ついくせで」
竜介は謝り、かりんに再度たずねた。
「えっ、なに? じゃ、好きな人はおらへんのか」
「……うん……おらへんけど……」
かりんははずかしさのあまりうつむいてしまった。手をもじもじともてあそび、先輩の顔を見ることができなかった。さんざん援助交際をしてきた彼女であったが、純愛にはまるで弱かったようである。
「星野」
といったきり、竜介は黙りこんでしまった。かりんは彼のつぎの言葉を待ち、必死にその静けさに耐えた。と、こういう大事なときにかぎって、人間の生理機能というものはその持ち主を裏切るらしい。なんと、かりんのお腹の虫がぎゅるるりんと、驚くほどの大きな音で鳴ってしまったのだ。
「――――!」
かりんはあごが胸にくっつきそうになるほどに顔を伏せた。穴があれば入って埋められたいぐらいだった。いまので彼に嫌われてしまったのではないか、かりんは裏切り者の腸に少林寺の技をかけてやりたかった。
「ぷっ」
と噴きだしたのは竜介だった。
「おまえって、ひょっとして大事な場面に弱いタイプ?」
竜介がからかってきたのに対して、かりんは、もうっと半分本気で怒った。
「先輩って、デリカソーがないのね」
とかりんがいって、竜介がいよいよ腹をかかえて笑いだしたのは、かりんがデリカ“シー”のつもりをデリカ“ソー”といいまちがえたからだ。それに気がついたかりんは、もうどうしようもないほどに小さくなってしまった。
「はっはっはっ、おまえってかわいいやっちゃな」
豪快に笑いながら、竜介はかりんの背中をとんとんとたたいた。
「もうっ、それってどういう意味ですか。まるでわたしが頭の空っぽな、かわいいだけの人みたいじゃないですか」
口をとんがらせ、かりんはすねてみせたが、彼女もおかしくなり、先輩といっしょになって笑いだした。
「星野――、もしよかったら、おれとつきあってくれへんか。おれはどうやら、おまえのことが好きになったみたいや」
竜介はさっきとはうって変わった真剣さで、かりんに気持ちを告げた。
かりんはもちろんうれしかった。が、ここですぐに返事をすると軽い女に思われるのではないかと怖れ、すこし待ってくれるように竜介にいった。
「わかった」
と彼はいい、かりんを見つめたが、二人の熱い視線はすでに恋人同士のそれに変わっていた。
その翌日の元旦に二人は西宮えびす神社へ初詣でに行き、その帰りにかりんは竜介につきあってもいいと返事をした。
そして、こうして二人は“彼氏”と“彼女”になったわけである。 |