守の章 肉体は精神の反映 2
三宮で一回話をしただけでは、かりんのこの性格がなおるわけがない。彼女がこうなるまでには長い月日を要し、それを変容させるには同じくらいの時間がかかるかもしれない。いや、彼女が意識的に人の話に耳を傾けることをおぼえたならば、それほどの時間はかからないであろう。
実際、かりんほどではなかったのだが、部員のなかにはけっこうそういう人はいた。それだけに現代というあり方の問題点が浮きぼりになるようであった。そこでおりにふれて有田は部員たちに人の話に耳を傾けることの大切さを説いたわけだが、その甲斐もあってこれまでに多くの部員はみずからの性格に修正を加えていくことができた。
もちろん有田は、きみたちが頑固で融通がきかないのはきみたちが人の話を聞かないからだ、などといったりはしない。有田はたんに、きみたちが真剣に人の話に耳を傾ければ傾けるほどに、逆に人はきみたちの話に耳を傾け、きみたちの意見を尊重してくれるようになるだろう、というふうに説いた。
かりんが入部してからも、有田は何度となくこのことを強調し、時間こそかかるであろうが、かりんはしだいにそのあり方を変えていくだろう。一方的にまくしたてるようなことはなくなっていき、自分もしゃべり相手もしゃべるというちゃんとした会話が成りたつようになっていくだろう。そうなるにしたがって頑固な部分は溶解していき、それに応じて肉体は柔軟になり、耳も不思議と聞こえるようになっていくはずだ。
有田がもうひとつ心がけたのは、呼吸の指導である。かりんのように極度の愛情不足で育てられた人は、とかく呼吸が浅くなりがちだった。実際、かりんははっと気がつくと、息を詰めて無意識のうちに呼吸を止めていたりした。それは彼女が幼いころから緊張した環境に置かれていたことに由来する。
もし彼女が――とくに赤ん坊のころに――たっぷりとスキンシップを受け、ありったけの注目と深い愛情と思いやりを与えてもらっていたならば、彼女の心はくつろぎ、体はリラックスすることを身につけていただろう。呼吸は自然とゆったりしたものとなり、いまのかりんのようになることはなかったにちがいない。
この肉体にしみついてしまったパターンを変えるには、やはり意識的に深呼吸することをおぼえる必要があった。一日に数分でもそういう呼吸を練習すれば、肩の余分な力は抜けていき、これが習慣になれば、やがては人生そのものを変えていくことにもなりうるだろう。とはいえ、かりんの場合、ことは少々深刻のようであった。心が緊張した状態にあるために身はくつろぐことを知らず、呼吸は肺の上部だけを使った浅いものとなり、加えて筋肉と関節が固かった。
そこで福本を中心に、かりんのための集中プログラムが組まれた。毎日の練習が終わると、先生、あるいは先輩のだれかがかりんに手を当て、マッサージをした。彼女の体の緊張を解き、その間かりんは意識的に深い呼吸をするように指導された。
全身の気のめぐりがよくなったところで、今度はていねいにストレッチをし、筋肉を伸ばし、関節を柔らかくしていった。このときも呼吸に注意を払い、全身をほぐしていった。つまり体を柔軟にすることによって、彼女の心の緊張を解いていくわけだ。
変化がちらりと見えはじめたのは二週間したところで、彼女がやっと上段廻し蹴りが蹴られるようになったのは一か月目であった。
さらに、この効果があまりにも意外な場面であらわれることになった。なんと、かりんはセックスをほんのりと気持ちよく感じるようになってきたのだ。小遣いが足りなくなるとこりずに援助交際をすることがあったが、かりんはかつて味わったことのない快感を味わい、ついに性の喜びをかいま見るようになった。相手に背中をすこし愛撫されただけで甘美な感覚が全身に広がり、かりんはわれ知らずのうちに声を出していたりした。
かりんは雷に打たれたようだった。性交がこれほど気持ちがいいものであるとは知らなかったからだ。相手がわずかでも腰を動かしただけで手足のすみずみにまで恍惚が駆けめぐり、気がつくとかりんは相手にしがみついていたりした。行為が終わってもその余韻がつづき、ほんの一瞬ではあるが、相手に対して情愛に似た気持ちをいだくことさえあった。
とはいえ、援助交際はあくまでも援助交際であり、すばらしい快楽はあっても、そこには真の愛は存在しえなかった。
(守の章・完)
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