守の章 援助交際・本番 1
「きみは写真で見るよりもめっちゃかわいいんでびっくりしたよ」
信号を渡ったところで男がいってきた。ちょうど東門街にさしかかったあたりだった。
かりんはあいまいに笑ったが、心のなかではまったく逆のことを考えていた。つまり、男の容貌についてである。写真ではもっと若々しく見えたのに、こうして実際に間近で観察をすると、ひたいの生えぎわは後退し、髪そのものも薄かった。送られてきたのはむかしの写真ではないのか。
男は一人でぺらぺらしゃべり、その間、かりんは適当に相づちを打っては話を合わせた。
息を止めたくなるのは男の口臭であった。これからその口でいろんなことをされるのかと思うと、かりんはげんなりした。
スナックのママだろうか、いかにも高級そうな和服に身をつつみ、店先で恰幅のいい中年の男性を送りだしていた。中年男のそばを過ぎるとき、金の臭いがしたのは、はたしてかりんの気のせいだろうか。
信号をこえ、さらに歩きつづけるとラブホテルが乱立する一帯にくる。もうすこし先へ行けば神戸北野異人館街があるのだが、きょうの目的地はもちろんそんなおしゃれな場所ではない。
「じゃあ、ここにしようか」
と男がいったわりになんの迷いも感じられなかったのは、どのラブホテルにするのかあらかじめ決めていたからにちがいない。それとも男はよくここを利用するのか。
「どれがええ?」
ホテルに入ると、男がたずねてきた。かりんは写真つきのパネルを眺めわたし、いちばん高そうな部屋を選んだ。男は鍵を取ると、二人はエレベーターに乗りこんだ。
これから性行為をするのだという高ぶりからか、それとも男もそれなりに緊張をしているためなのか、狭い空間に沈黙が広がった。かりんは息をつめ、階数表示をじっと見つめた。
五階で下り、ろうかを進む。とっさに顔を伏せたのは、若いカップルが前の部屋から出てきたからだ。こんな年の離れたおっさんとラブホテルに来ている自分は、いったいどんなふうに映るのだろうかと、かりんはそれが気になった。
カップルは二十代ぐらいだった。女性は男性の腕にしがみつくように歩き、二人はとても仲がよさそうであった。ことが終わったあとでもいちゃいちゃしているのは、二人のあいだに愛があるからか。かりんはほんのすこしだけうらやましく思った。すくなくとも彼女にはそんな経験はなかった。相手が優しいのはたいていする前だけであって、することをしてしまえばあとは急によそよそしくなったり、なかには説教をしてくるのもいた。
「きみは将来を真剣に考えているのか」
と援助交際をするようなおっさんにいわれても、これっぽちの説得力もなかった。あんたにそんな偉そうな口をきく資格なんてあるかといつも思うのだが、それを実際に相手に伝える勇気など、もちろんかりんにはなかった。
男は鍵を差しいれ、ドアをあけた。部屋に入る。照明は暗く、雰囲気があった。室内にちょっとした小川があるのは、なかなかに凝った造りだった。風呂も広く、かりんがいつも感心しつつもあきれるのは、部屋がたった一つの目的のためにあるということだった。つまりセックスだ。
「世界には満足に食事もできない子供たちがいっぱいいるので、みなさん残さずに給食を食べようね」
小学校のころ先生はそういったが、その同じ大人がべつのところでこういう建物を造っている。そんなお金があれば、世界の貧しい人のためにもっといろんなことができるのではないかと、かりんはどうしても矛盾を感じるのだった。とはいえ、かりんはいまからお金のために身を売ろうとしていたのだから、やはり彼女も矛盾した存在であるといわざるをえない。
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