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ファイト! かりんの青春日誌
作:天野美里



守の章 肉体は精神の反映 1


 ただ困ったのは、かりんが驚くほどに体が固いことだった。柔軟性に欠け、とうてい上段廻し蹴りを蹴ることはできなかった。
「うーむ」
 と、うなったのは有田であった。
 肉体は精神の反映であり、体が固いのは彼女の精神が固いことを示している。つまり融通性に欠け、頑固なところがあるということだ。もちろん一概にはいえなかったが、彼女の場合その可能性はおおいにあった。
 そのひとつの証拠に、十六歳という若さなのに、かりんには難聴の傾向があるようであった。耳が遠いのも、彼女の耳の構造というよりも、その精神状態に問題があるといえた。彼女には人の話をちゃんと聞かないところがあったのだ。新しい考えや意見に耳を傾けることを知らず、人になにか注意されることも快く思わず、あくまでも自分の考え方に固執した。
 体が固く、耳が遠い――これでは老人並みではないか。まだ純粋である赤ん坊は体がぐにゃぐにゃであるが、人は年を取るごとに柔軟性がなくなり、耳が聞こえにくくなるのは、もちろん肉体が古くなるというのもあるが、それよりも精神が新しいことに対して閉じるようになっていくことに原因があった。
 逆に年を取っても体がちゃんと機能し、耳も聞こえる人は往々にして新しいもの好きで、気持ちが若かったりした。心が広く、小さなことにこだわったりせずに、気が流れているから血のめぐりもよく、いつまでも健康的で元気であったりする。
 有田がまさにそれだった。つねにアンテナを張り、有田は積極的に他武道を研究した。少林寺拳法というのは護身の術である。もし襲ってきた相手が他武道の人間であればどうするか。相手を知らずしてうまく対応できるのか。有田がそう考えるようになった背景には若いころの体験があった。
 たわむれに柔道家と交流練習をしたときのことだった。有田は少林寺の柔法がどれだけ通用するのか試そうと思い、その柔道家に襟元や袖口を持ってもらった。驚いた。ショックを受けたといってもいい。柔道家の踏みこみ、たいのさばき、そして投げの早さにまったく太刀打ちできなかったからだ。
 もちろん有田の修行不足もあるだろう。だがそれと同時に、有田はまず柔道にはじまり、他の武道を徹底的に研究するようになった。のこのこと空手や合気道の道場に出かけていくこともあり、一時期はボクシング・ジムにさえ通ったことがある。キック・ボクシングはもちろんのこと、あげくに相撲部屋を訪ね、張り手を食らわせられて肋骨にひびを入れたことがある。
 その精神はスポンジのように柔らかく、有田はつぎつぎと新しいことを吸収していった。その気にさえなれば一流を樹立することもできたのだが、そうしないのは宗道臣への尊敬の気持ちがあるのと、純粋に少林寺拳法を心から愛していたからだ。

 ふたたび、かりんのところに戻ろう。
 彼女が頑固で人の話に耳を傾けない性格になってしまった原因もまた、彼女の幼少時に求めることができた。
 子供というのは、つねに親の注目を欲しがるものである。とくに三歳児になるころまでは、四六時中、自分のことだけを見ていてもらいたいと思うほどだ。
 が、かりんの母親は家事などでいつも忙しく、ろくに娘の話を聞いてやることはなかった。かりんが二歳になると妹が産まれたために余計に相手をしてもらう時間は減り、たまに公園へ連れていってもらっても、母は他の母親たちとのおしゃべりに夢中で、やはり娘の主張に耳を傾けることはすくなかった。
 そして子は親の背中を見て育つように、かりんも人の話に耳を貸さない人間となり、三つ子の魂百までというように、本人がこのことに気がつかないかぎり、その性格は一生変わることはないだろう。
 とはいえ、彼女は人の話を聞かない。いや、耳は聞いているつもりでも、心のなかでは違うことを考えていたり、相手の主張に対して反論していたりする。つまり、すなおに聞けないのだ。そういうことでこの点で彼女を注意するのは無駄なことであった。
 ではどうすればいいのか。答えは簡単である。逆に彼女の話に耳を傾ければいいのだ。彼女という人間を尊重し、大事にし、注目することにより、彼女が幼いころにもらえなかったものを与えてやるのである。それこそが三宮の夜に有田がかりんにしてやったことである。有田はかりんに真剣に耳を傾け、自分も話をし、会話というのがどういうものなのか実際に示してやった。どちらか一方がまくしたてるでもなく、どちらか一方が聞きっぱなしでもなく、会話というのはあくまでもやりとりである。
 かりんの場合、“やり”ばかりで、“とり”が欠落していた。人の話や意見を聞くことを知らないために頑固で柔軟性がなく、その投影としての体は固く、耳がすこし遠かったのだ。












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