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ファイト! かりんの青春日誌
作:天野美里



守の章 重要なのは基本 


「ねっ、楽しかったやろ!」
 学校の帰り道にさゆりが聞いてきた。あたりはそろそろと夕方に向かいつつあった。南風が本格的な夏の到来を告げているようであった。
「うん! めっちゃ楽しかった」
 かりんはいい、入部しようと思っていることを伝えるかどうか迷ったが、もうすこし慎重に考えたほうがいいと、結局この日さゆりにはなにもいわなかった。
 だが、家に帰ってからも気持ちは変わらず、むしろ思いは強まるばかりで、翌日かりんは有田に入部届を提出し、正式に少林寺拳法部の一員となった。高校入学以来、どこの部に入ることもなく、なんとなくだらだらとした無為の日々を過ごしてきたが、ここへきてかりんはようやく人生における楽しみを見つけることができたようだ。
 かりんは放課後が待ちどおしくて仕方がなく、ろくに授業に集中することができなかった。まさかこの自分が少林寺拳法をやることになるとは、かりんはそんな自分を意外に感じていた。しかも、あこがれの北沢先輩と同じ空間で練習ができるのだと思うと、つい、にやけそうになっている自分がいたりもした。
 課業終了のチャイムが鳴った。
「早よ行こ!」
 かりんはさゆりにいい、二人は武道場に向かって駆けていった。
「こらっ、ろうかを走るな!」
 と先生に注意をされたが、そんな声も聞こえないほどにかりんは気持ちが高ぶっていた。
 なにげなく校門のほうに目をやると、なんの部活動にも所属していない生徒たちがぞろぞろと下校しているのが見えた。先週までは自分もその一部であったことを思うと、かりんは不思議な感慨をいだかずにはおれなかった。
 たいしておもしろくない毎日に、たいていは本屋で時間をつぶしたり、家に帰ってもぼんやりとテレビを観るぐらいだった。刺激とお金、そして肌の温もりを求めて援助交際をすることはあったが、武道場をめざしているいま味わっているこの高揚感、期待感は援助交際の足もとにも及ばなかった。
 あまり考えないようにはしていたが、心のどこかでは援助交際は不健全であることは認識していた。やめたいがやめられない気持ちがあり、ほのかな罪悪感があることも否定はできない。その証拠に、援助交際から帰ってきた日はなんとなく母と顔を合わせづらく、かりんはそそくさと部屋に逃げこむのがつねだった。そもそも母はまさか自分の娘が売春行為をしているとは、それこそ夢にも思っていないにちがいない。
 ひきかえて、少林寺拳法にはどこまでも健全な香りがあった。底抜けに明るく開放的なイメージ。きっと自分を変えられるだろうという漠然たる予感。ひょっとすると少林寺拳法にすがりたい必死の思いもあったのかもしれない。

「うふふ」
 きょうもらったばかりの真新しい道着に袖をとおすと、かりんは更衣室の鏡の前に立ち、一人、気色のわるい笑いをもらした。さゆりはそんなかりんに不審の目を向けたが、あえてなにもいわなかった。
「きゃわゆーい」
 かりんはバレリーナのように一回転した。はじめて着る道着である。すこしごわごわしていたが、すぐに慣れるだろう。むしろ身も心も引きしまるようであった。
 やがて時間となり、きのうと同じように練習が始められたが、ただ違ったのは、きょうはかりんもみんなといっしょになって突いたり蹴ったりしていることだった。とはいえ、まったくの初心者とあって、かりんには女子副将の千春先輩がマンツーマンで教えてくれた。
 有田の指導法の特徴は、基本を徹底して練習することにあった。すべての技は土台がしっかりして成りたつものであり、その基礎部が弱ければ、技もすぐに崩れてしまう。その基本のなかでもとくに注意をされたのは、足腰の使い方だった。
「まず地面から力をもらって――」
 と千春は足の親指にぐっと力を入れ、ふんばった。
「その力を膝に伝え、そのままスナップを利かせるように腰をすばやく回転させる」
 先輩はいうと、彼女の黒帯がムチのように勢いよくぴしゃりと打った。
 この足腰の動きから腕をまっすぐに伸ばすとストレートになる。膝を開かず、脇をしっかりと閉めるのは、地面からもらった力を逃さないためだ。腕を水平方向に曲げるとフックになり、膝の屈伸を使って上にすくいあげるとアッパーカットになる。
 つぎに腰の動きに足を乗せると前蹴りや廻し蹴りになる。さらには内腕や外腕の受けになったり、小手抜きや逆小手といった柔法技にも応用される。つまり、地面の蹴りから腰の回転まで剛法も柔法も共通しており、このポイントさえ押さえておけば、技の体得は格段に早いということだった。
「じゃ、ゆっくりやってみて」
 千春はいい、かりんに実際にストレートを打たせてみた。
 両足を肩幅に開いた状態でかりんはスローモーションで拳を出し、先輩はそれに修正を加えていった。かりんの動きがなめらかになるまで、何度も何度も同じ動きをさせた。
 もし上達に早道があるとすれば、それはひとつのことを徹底的に反復練習することにあった。この腰の動きは野球やテニスでいう素振りにあたり、毎日、千回でも万回でも練習して体に動きをおぼえこませることが大事であった。












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