守の章 お父さんとお母さん 1
微妙に空気が揺れた。はっと見ると有田先生が道場に入ってきたところだった。
かりんが思わず目を見開いたのは、道着姿の先生はまるでふだんとは感じが違ったからだ。貫禄というか、みごとな風格があった。
「やあ、よく来てくれたな、星野」
有田はかりんのそばに寄り、優しくほほえんだ。その慈愛の笑みにかりんは胸の内に温もりを感じ、部員たちがなぜ先生のことをお父さんと呼ぶのか理解したような気がした。
事実、あとで知るところによると、お父さんという呼称は別に強制的なものではなく、むかし、ある部員が半分冗談、もう半分は敬愛をこめてそう呼びはじめたところ、それが部員たちのあいだで広まり、そのまま定着してしまったということだった。
そして“お父さん”がいるように“お母さん”もおり、その役割は副顧問の福本佳代子がはたしていた。そのお母さんこと福本先生が有田につづいて道場にあらわれた。
「お母さん」
と女子部員が三人ほど福本のほうへ走りよっていった。
「わたしたちの技を見てください」
彼女たちはいい、福本の前で逆小手という技を披露した。練習はすでに剛法から柔法に移っており、彼女たちは福本にきょうの課題技を修正してもらおうというのだった。
「まあ、上手にできているじゃないの」
演武が終わるとお母さんは手をたたき、三人を褒めた。そのいい方がいかにもやんわりとしていて、はたで見ていたかりんはなんだか自分が褒められた気にさえなった。当然、三人の女子部員はそれ以上にうれしかったにちがいない。
じつは、福本先生に副顧問になってくれるようにお願いをしたのは有田先生であった。これは福本先生の全身からにじみでる母性を見こんでのことだった。そしてこれには非常に大きな意味があったのだ。
現代のひとつの特徴として、ほとんどの子供はなんらかのかたちで心に満たされないものを抱えていた。その多くは親の愛情不足や間違ったしつけに由来するのだが、少林寺拳法を通してすこしでも彼らの心にふれることができればというのが有田の願ってやまないことだった。
それには自分がよき父親としての模範を示し、福本先生には母親の鑑となってもらい、道場をそのまま家庭、部全体を家族と見立てて、できる範囲内で子供たちを再教育することが有田の目的であった。
というのも、すべての正しさも歪みも両親とのあり方にあるからだ。子供は親の背中を見て育つものであり、自分の子供が自己本位で不親切であるからといってだれも責めることはできない。もし子供がそうであるならば、それは親にそういう部分があったためであり、子は親のその態度を吸収したにすぎないのだ。
有田がよく困ると同時に苦笑をしてしまうのは、自分の子供がいじめられたといって怒鳴りこんでくる親である。いじめっこもいじめられっこをつくるのは両方とも親であるからだ。ただやっかいなのは、親はそのことを知らないことだった。無知のなせるわざともいえた。
子がなにか気に入らないことをする。親はしつけといって子を叱る、たたく、ぐちぐちと文句をいう。見方によっては、子にとって親こそ最初のいじめっこといえないこともない。こういうことをとおして子はいじめられっことしての姿勢を身につけていく。同時に、親の背中を見ていじめっことしてのあり方も学ぶのである。 |