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人ならざるもの

どんな風に生まれたとしても、ただ生きるだけ。

 寝起きで頭はぼうっとしていても、体は普段どうりに動いた。寝ぼけながら歯をみがいて、服を着替えて、制服を整えて。兄が用意してくれた朝食を取ってから、鏡の前でどこかおかしなところがないかを確認する。何か食べれば、自然に頭のめぐりもよくなるらしい。さきほどよりははっきりとした意識で、チェックをする。少し曲がっているリボンを直して、はねた寝癖をむりやり直す。ひととおり終わったら、首筋も確認してみた。二つの痕は、初めて見つけた日よりは薄くなっているような気がした。なかなか消えないものなのね……そう思いながらも、襟を立てて隠す。この調子ならば、あまり気にしなくてもよさそうだった。仕度をし終わっても、まだ少し家をでるには早い時間で。わたしはリビングで新聞を読むことにした。ざっと各面に眼を通していると、後ろから肩を叩かれた。

「おはよう澪。少し顔色が悪いが……今日は大丈夫なのか?」

「そう? 体調は昨日よりはいいわ。大丈夫だから、昨日はごめんなさいね、迷惑かけちゃって……」

 さっき鏡でみた自分の顔色を思い出しながら、返事をする。体調も特に悪い感じはしないし、一応昨夜はなにもなかったのだし。それよりもわたしは兄に手間をかけさせてしまったことが気にかかっていた。

「迷惑に思ってたら、わざわざ様子見に帰ったりしないだろう? 変なことを気にするんだな」

「変なことって……ひどい。でも、兄さんがそういうならそれでいいわ」

  わたしがそういうと、兄はわたしの頭に、ポンと手を乗せた。子供扱いされているようで、なんだか気恥ずかしく感じる。

「気にしなくていいんだ。それじゃあ、今夜も遅くなるから。しっかりやるように」

 わかったと、返事をしてから、家をでていく兄を後ろ姿を見送った。その後新聞を読み終えてから、わたしは学校へと向かった。




 なんだか集中できずに授業を受けて、あっというまに学校が終わってしまった。いったい何を気にしているのかと首を傾げながらも、帰り道を歩く。今日は塾がない日なので、時間が早く、道を歩く人の数も多かった。学校帰りの学生、主婦や散歩をしているお年寄りの人。人が多いかわりに、自動車や自転車の量も多いので少し危ないのだけれど。学生達の賑やかなおしゃべりが、少し落ち着くけれど、うっとうしい。近寄らないように歩いていると、前から学生の集団が歩いてくるのが見えた。邪魔になってしまわぬように、とさらに端にわたしは寄った。人の群れが通りすぎる瞬間、わたしは黒衣の人とすれ違ったような気がして、慌てて振り返った。しかし振り返っても、いるのは学生ばかりで。きっと見間違いにちがいない、そう思いながらも、何度か後ろを振り返ってしまった。変な自分に戸惑いながら家へと向かった。どうして、こんなにも気になるのだろうか。

 食事を済ませ、兄の分もしっかりと用意をしてから、お風呂へと入った。浴槽にたっぷりと張られたお湯のなかに、ハーブの入浴剤を散らすと、落ち着く香りが浴室全体に広がった。香りを吸い込むように深呼吸をしながら、体についた泡を流していく。流し終えて、わたしは首筋の痕を見た。他のところと比べると、赤さがやはり目立つ。よく見ると少しくぼんでいるような、へこんでいるような感じになっていた。お湯がしみたり、痛くはないだけに不思議だ。かゆかったりもしないし。感覚的にはなんともないのに、痕はしっかりと残っている。本当に、これは何なのかしら? 鏡に映る痕を指でゆっくりとなぞると、うっすらとしびれたような気がした。 

 少しぼうっとしてから、わたしは湯船に浸かった。湯に浮かぶ花を指先でもてあそぶと、香りが指に移った。強い香りにくらくらとしながら、とりとめのないことをわたしは考える。明日のご飯は何にしようか、とか何の本を読もうか。でもたいしたことは浮かばなくて、それだけ自分自身がつまらない人間のような気持ちになってしまった。こういう風に後ろ向きに考えるようになってしまったのは、いつ頃からだろう。記憶を辿ってもぼんやりとしていて、はっきりと思い出せない。幼稚園くらいのころは、明るかったはずなのだけれど……思い出したくないことの方が多くて、頭が痛い。それに長く浸かりすぎたのか、視界がぼやけている。長風呂しすぎたみたい……あがらなくちゃ。わたしはバスタオルを巻いて浴室を後にした。


 髪を乾かしてベッドに入ったはいいものの、体が温まりすぎたのか、なかなか寝付くことができずにいた。右に左に寝返りを打っては、結局真っ暗な天井を見つめる。……なに不毛なことやってるんだろう。眠れずにもぞもぞと身動きを繰り返していると、ベランダの方から物音が聞こえて、わたしは毛布からそろりと顔をだした。暗い部屋の中を見て、闇の中に赤を見つけて上半身を起こす。ベッドサイドの明かりを手探りでつけると、カーテンの影に隠れるようにして、黒衣の人が立っていた。

「あなたは誰なの?」

「人に名乗る名は持ち合わせていない……眠っていればいいものを」

「まるで、わたしが起きてたら迷惑みたいないい方」

「手間が増えただけだ」

 名前を尋聞いただけなのに、余計なおまけまで返ってきてしまった。カーテンの側で腕を組む彼に向かってわたしはまた尋ねる。

「あなた、昨日もいたみたいだけれど、何をしに来てるの?」

「何故そんな事を聞く? 知る必要はないだろうに」

「どうしてって……」

 何をしに来てるかもわからない人に用を聞くのはそんなにおかしいことなのかしら? 見ず知らずの人なら、余計に気になるものじゃないのだろうか。

「用がないのなら、帰ったらどう? 気になって眠れないわ」

 整った顔を見ながらそういった。小さな明かりしか灯っていないのに、赤い瞳がくっきりと見える。

「用ならある」

 ぶっきらぼうに、彼はそれだけ口にした。その用が何なのか気になっているのだけれど。容姿は整っているのに、言葉は鋭い。

「なら済ませて帰ればいいわ」

「そう思うなら、さっさと眠ることだな」

「寝ろって……この状況で寝れるわけないでしょうっ。知らない人が部屋にいるのに」

「ならいなくなればいいのか?」

 この人はいったん何処かへいっても、また少ししたら戻ってきていそう。つまりは、同じこと。

「後で戻ってくるなら同じよ。もう、用件って何なの?」

「用を言って、納得するとは思えないが」

 わたしは無言で彼を睨みつけた。話が堂々巡りになってしまう……いつまでたっても眠れない。じっと見ていると、彼はため息をつきながら言った。

「用件は簡単だ。血がもらえればいい」

 さらりと言われた言葉は、とんでもないことで。何をいっているのか理解はできるのだけれど、意味がわからなくて……わたしは絶句した。言った本人はなんでもないような、いたって普通の顔をしている。むしろ無表情なのかもしれない。

「理解できないほど、頭が悪いわけではなさそうだが?」

 口の端をつりあげながら、彼は言った。笑っているようにも見える。ああ、口から僅かに覗いているのは牙だろうか。人間の歯なら、あんなに鋭くはないはずなのに。あの牙はいったいに何に使うのだろう。それに、血が欲しいだなんて。そういう病気の人はいると本で読んだことはあるけれど……実際にいるのかしら。それとも、ただ単におかしな人なのか。頭の中を、ぐるぐると妙なことばかりが回る。

「今、変な奴だと思っているか?」

「――当たり前でしょう。いきなり血が欲しいなんていわれて、そう思わないはずないじゃない。これは普通の反応だわ。誰だって、きっとそうよ」

 ああそうだった、と彼は呟いた。今までにも同じような反応をした人がいたのだろうか。

「勘違いするな。元々、そういう風に生まれついただけだ」

 明かりを眩しそうに見ながら彼はそういう。最初からそうなのだと。否応なく、そうなってしまった人もいるのだろうか。自分で、血を欲しがる人もいるのでしょうけれど。

「で。答えは?」

 彼にそう促されて、わたしは我に返る。

「はい、なんていわないのはわかるでしょう……?」

「まあな。なら、眠らせるだけだ」

 次に聞こえた彼の声は、ベッドのすぐ側まで来ていてわたしは驚いた。動いた音すら聞こえなかったのに。いつかと同じように、白い手が伸びてくるのが見えているのに、身動き一つできなかった。目を覆い隠すように手が置かれる寸前まで、わたしは彼の赤い瞳をずっと見ていた。急激なに眠気に襲われて、わたしの瞼が閉じていく。意識を手放す寸前まで、赤い色が瞼に焼きついた。

 



カレにとって、寝てようが起きてようが、関係ないようです。

一応断ってから眠らせるのは、性格でしょう。


それでは、また次回。

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